文殊師利大乗仏教会
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水の教え
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キーワード: 水の教え
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『水の教え』を読む
2020.06.13
私たちは心のなかに、正法の灯火をともせるのか
本偈は所謂、仏教論理学の根本命題である「世尊が量である」ということを検証することの重要性を説いたものである。我々仏教徒は、まずは釈尊の言葉に自ら真摯に向き合って、釈尊の言葉こそが正しい基準となるものであるということを理解していなければならない。 このページにアクセスするためには会 […]
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『水の教え』を読む
2020.06.12
煩悩障・所知障の二障を断じた、一切相智の正等覚ブッダの境地へと道を進めてゆく
煩悩障を断じただけでは、単に輪廻から自分自身は解脱できるが、寂静涅槃といってただ一人孤独に寂静のなかを住処とするに過ぎないのであって、一切の衆生を救済することはできない。一切衆生を苦海から救済するためには、無住処涅槃の境地を実現し、成仏し、一切相智を得て、無限の一切衆生を常に救済 […]
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『水の教え』を読む
2020.06.11
どんな時にでも、釈尊が説かれた業報思想と仏法僧を忘れずに在るならば、どんな世間の活動なども大したことではない
心は貧しく、意思薄弱な私たちは、自分たちの周囲に大きな変化や大きな災害がある場合、そのことを素直に受け止めることをせず、何か特別な出来事が起こっており、何か特別な対策が講じられなければならない、そしてそのためには何か特別な知識が必要であるというような錯覚を持つ傾向にある。 このペ […]
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『水の教え』を読む
2020.06.10
純然たる善なる動機をもつことの大切さ
本偈は、チベットの仏教に私たち日本人が触れるとき、何度も何度もチベットの僧侶たちが語る純然たる善なる動機の大切さを説いたものである。ジェ・ツォンカパの「よき志をもつのならば、地も道も良きものとなる」という大変有名な言葉とも通じる一偈が本偈である。 このページにアクセスするためには […]
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『水の教え』を読む
2020.06.09
岩の表面に善なるものを刻んでゆく
私たちは無始の過去から罪業を積んできて、それが習慣化しているので、罪業や罪深い心というものは、すぐに起こすことができる。たとえば誰かに対して嫌悪感をもったり、執着した好意をもつことはさほど難しいことではない。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.08
やさしく微笑を伴うが、底知れぬ冷たい河のように
重みのある言葉というものがある。私たちは何かを語り、何かを人に伝えたいのならば、そのような重みのある言葉を完結に、的を得て語らなくてはならない。そしてその語り口は常に相手に対してやさしいものであり、自然と耳が傾けられていく。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.07
社会的距離間を言語活動にも適用する
思ったことを何でもかんでも軽々しく口にすることを慎むべきである、本偈はこのことを説いている。軽々しく発せられた言葉は、重みも深みもなく、たとえどんなに大切なことを伝えようとしても、無力な言葉となってしまい、耳を傾けて受け止めてもらえなくなってしまう。 このページにアクセスするため […]
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『水の教え』を読む
2020.06.06
揺らしてこぼしてしまわぬように
本偈は、知るべきことを知り、それを実践できる賢者と知るべきこと知らず実践もできない愚かな者との違いを表現したものである。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.05
切り拓かれた道統を追うことは安易である
本日はチベット暦四月十五日、サカダワの満月の日である。釈尊がブッダガヤにて現等覚し、また涅槃の相を示された日である。釈尊がインドで説かれた偉大なる仏教の伝統は、いまも私たちの身近にある。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.04
神々と人間の師であると言われる釈尊のことば
空虚な言葉、暴力的な言葉、心の貧しくなるような卑しい言葉が蔓延する。世界が不安定な状況になるのならば、その傾向は大変強くなる。誰かが何かを評価して語っている言葉を増幅させて発言する人たちも多く、今日のネット社会ではそのようなものがよしとされる傾向にある。 このページにアクセスする […]
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『水の教え』を読む
2020.06.03
巨大な循環運動の潮流の畔にて
一切衆生に対する利他心である菩提心と無我を証解する智慧との二つは、方便と智慧の双運といい、ちょうど鳥が二つの羽を使って空を飛んでいくように、両方必要なものであると言われている。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.02
豊かな実りある未来のために
本偈は、どんなに豊かで財産があろうとも、無かろうとも、神仏や修行者を供養したり、貧しく困った者たちに施すことをはじめ、福徳を積まなければ、過去の悪業が異熟して、そうした財や富を失いやすいということを説いている このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.06.01
光の全く存在しない暗い海に投げ出された恐怖
神仏や修行者を供養したり、貧しく困った者たちに施す、ということを知らない愚かな者たちはどんなに多くの財産や物質的な繁栄を享受しても、それは彼らにとって苦しみの原因が増えているだけであり、それ以上のものとなることはない。 このページにアクセスするためには会員登録が必要です。
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『水の教え』を読む
2020.05.31
井戸水を枯らさないためには、井戸水を使うのに尽きるということ
仏教や宗教を学ぶのは、本来は我々がより幸福になり、より豊かになるためである。そのための財産を増やす方法を本偈は説いている。財を築き、財を増やすため、財の一部をラマや僧集などの供養すべき対象へと献上し、貧しく困った人へと布施をする、といった寄付行為を習慣化する必要がある。 このペー […]
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『水の教え』を読む
2020.05.30
心の砂漠化を防ぐために
チベット難民の人たちは、寄付をよくする。昨年末にはオーストラリアで火事があった時にもたくさんの人たちが寄付を募ってオーストラリアに送っていた。インドでは外出禁止令が発布されている現在の感染拡大状況のなかでも、チベットの僧院は、近隣の労働者の人たちに大量の食料や現金を配布したりして […]
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『水の教え』を読む
2020.05.29
人間である限り、犬よりは賢くあるべきである
善悪の分別もできない知性のない人間は、どんなに物質的享受をしていても、その使い道を知らない。彼らは貧しい人に施しをしたり、僧集を供養したりすることはない。自分の威光を示すために、大きな墓をつくってみたり、銅像をつくってみたりする。普通に飛行機に乗ればいいのに、自家用ジェットが欲し […]
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『水の教え』を読む
2020.05.28
釈尊が仏教を説いたようなことが起こるのは、極めて希少な現象なのである
勇者や英雄と呼ばれる者が現れるのは100人にひとりであり、賢者はそれよりも少なく1,000人にひとりくらいの貴重な存在であるという。黄金を含んだ川はマナサロワール湖から流れてくるが、宝石を生み出しているのは大海であると喩えている。 このページにアクセスするためには会員登録が必要で […]
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『水の教え』を読む
2020.05.27
貧しい賢者は静寂を求め、富める愚者は喧騒を求める
賢者は、欲界で享受する物質的なものには背を向け、仏法と衆生のために役立つ活動をしているものである。だからこそ貪瞋痴の三毒の煩悩の発生源となる物質的な享受は禍いであり、それを追い求めることはしない。純粋に衆生を利益する利他の活動に励んでいる。 このページにアクセスするためには会員登 […]
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『水の教え』を読む
2020.05.26
娑婆世界で我々が享受するすべてのものは、過去の業に応じた果報である
須弥山を中心とした娑婆世界である器世間はすべて業によって生成されたものである。仏教では因果応報を説き、世界の創造主の存在を認めていない。この娑婆世界がどのように出来ているのか、ということは『阿毘達磨倶舎論』などに世界創造説として伝承されているものがあり、古代インドの神話や伝説がそ […]
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『水の教え』を読む
2020.05.25
善業の水源は我々自身の精神的な現象にある
煩悩というのは基本的に自己破滅型の思考である。すべての煩悩は悪業の動機となり、苦しみしか生み出することがない。それらは他者との関係性のなかで「私」という我執を根とすると同時に生成されているものであるが、その業は他者に対して影響を及ぼすよりも自身に対して与える影響の方が大きい。 こ […]
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