2020.06.02
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

豊かな実りある未来のために

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第71回
訳・文:野村正次郎

富める者は福徳を積むべきである

福徳を損なえば失いやすいのである

樹を植えどんな立派な枝が生えるとも

水分がなくなればすぐに枯れてしまう

71

本偈は、どんなに豊かで財産があろうとも、無かろうとも、神仏や修行者を供養したり、貧しく困った者たちに施すことをはじめ、福徳を積まなければ、過去の悪業が異熟して、そうした財や富を失いやすいということを説いている。福徳とは善業によって善果をもたらすための原因であり、特に仏になるための福徳は、福徳資糧と呼ばれ、布施・戒・忍辱・精進・禅定という六波羅蜜の前五波羅蜜は仏の色身を実現するための糧である。

福徳とは、畑や水田のように常に養分となる善業を注いでいかなかなければならない。このため「福田」と呼ばれる。畑や田圃は休耕地として放置しておくのならば、、やがて雑草が生い茂り、草だらけの土地になり、隣の田畑で育てている作物が病気になってしまう原因にもなりきちんとした管理が必要である。もしも完全に放置しておければ、耕作放棄地となり、それを再生するのは非常に大変な作業となり、日本でも過疎の農村地帯などでは、耕作放棄地が増大しているので、大きな問題となっている。

これと同じようにある集団が福徳を積まないで、放棄しておけば自然災害や人災などの災害の被害に合うと仏教では考える。たとえば今回の感染拡大もそうであり、大地震や津波や土砂災害などのすべての災害は、我々の悪業の異熟の結果であると仏教では考えている。この状況を克服して打破するための方法は、「逆縁を善資へと転換させる」という方法しかないとも言われている。先週末ダライ・ラマ法王は、師資吼観音菩薩の許可を授けてくださったが、この師資吼観音もまた龍の被害によって疫病や心臓病が蔓延しているときに、釈尊が化身して活動されたものであると根本怛特羅では説かれている。

日本では緊急事態宣言が解除され、経済活動や様々な活動への規制が大分解除された。一方で世界での今回の感染症での死亡者は既に広島の原爆で亡くなった人たちの数を上回っている。緊急事態宣言が解除されたということは、我々が善なる活動を行う上での制限が少なくなった、ということである。今月からは新しい生活様式が提案されているが、これを機会に私たち仏教徒も新しい善なる活動に励まなくてはならないのであろう。

本記事は現在世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症の早期終結を祈願し、毎日1偈チベットの箴言を翻訳して連載して、配信しているものです。


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