2019.12.04
རྟོགས་བརྗོད་བདུན་ལེགས་མ་

回想・自らを語る

ジェ・ツォンカパ・ロサンタクパ著
訳注:野村正次郎

唵 楽善たらん哉

世間の上位と清浄解脱を見る眼
有の道に疲れ果た旅人が休息する場
楽と善がもたらされる根源たる恩師
至尊智慧の宝蔵よ 御足に私は跪かん

僅かな労で大波の資の積集のなか
善の随喜こそが最勝なりと説かれる
殊に私の過去のこれまでの善業を
決して驕ることなく歓びとしたい

過去に為せる善業は増大するだろう
この勝者が説かれた目的を実現するため
さらには数多の諸願を成就させるため
心よ お前はこの歓喜を起こすがよい

初めに多くを聞法することを索めた
間には一切の書が教誡として現れた
後には昼夜にそれを心に培ってきた
すべてはまた教法興隆のため廻向す

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

取捨すべきすべてを闇が覆っている
正しき聞法の灯明で照出すこともない
道は不明なままにして 解脱の都に入るとも
そのことで一体何の益があるというのだろう

このような理由より 弥勒法主
閻浮の六荘厳 二人の最勝者
名高き彼らの書を部分的概括的でよしとせず
そのすべてのものを詳細に学んできた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

殊に此岸を見ることで事物の
実義を決する唯一の門である
正しき道理の典籍の難処を
繰り返し学ぶことに努めてきた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

多くの顕密の書を学ぶに努めるとも
甚深の義を実践し語らんとするその時
何ひとつも学んでなく何も知り得ていない
これほどの見地から離れていなかった

しかるに意識的に 特には龍樹の教流が
甚深を決する微細な正理の道を辿りつつ
正見へと導いているそのすべての要点に
善く通じることで疑念は晴れたのである

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ 

ここには正等覚へと向かうため
甚深金剛乗 波羅蜜多乗という
二乗があるうち秘密真言は
波羅蜜多より殊勝なものである

このことは日月の如く周知であろう
然しながらこの言葉を真実と認めつつ
甚深乗とは一体何なのかということを
自分では追求しないのに学者を自認する

彼らを知識人と言えようか
もっと愚鈍な者が居るというのか
出逢い難い この無上なる道
それを破棄してしまうとは何たることや

しかるに勝者の最勝乗
諸仏出現より稀有なる金剛乗
二種の悉地の宝庫たるこの甚深へ
入門修行を繰り返し長く修養した

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

下三部の怛特羅の道規を知らずして
無上なる瑜伽怛特羅こそが
一切怛特羅部の最上位と断言しようとも
それは命題を立てたに過ぎないと善く考えた

それから秘密通儀 妙成就行
妙臂所問経 禅定後次第など 
作怛特羅の三族の通怛特羅 別怛特羅
これらを永く索めることとした

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

怛特羅部第二 行怛特羅
その中心たる大毘盧遮那神変経
この怛特羅を学び行怛特羅の法類が
一体如何なるものかを善く決択した

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

怛特羅部第三 瑜伽怛特羅
その中心たる吉祥真実攝経
そして釈怛特羅たる金剛尖等
これらをよく学び瑜伽怛特羅の宴に興じた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

第四無上瑜伽怛特羅のなかで
聖域の賢者に日月の如く周知されている
父怛特羅 秘密集会
母怛特羅 呼金剛 勝楽

これらの根本怛特羅と釈怛特羅等
他の経典や怛特羅と異なる教流である
車轍を新たに開いた 時輪怛特羅
これを明かにする無垢光等を学んだ

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

初に聴聞を広大とせんことを追い求めた第一節 竟

それから所化の心の闇を払う
最勝者 文殊師利を強く永く
堅き信心で諸典が教誡として現れる
そのためのすべての因資に努めたのである

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

このように努め 龍樹 無著より
次第相承する菩提の道次第に
不共の確定を得ることとなり
甚深最勝波羅蜜多が教誡として現れた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

ここ北方では量の典籍を
学びし者も学ばざる者もみな口を揃え
量経と七部のすべてに菩提へ導くための
実践次第は無い こう語っているのである

文殊はディグナーガに
「これを著すがよい 時に到れば
必ずや一切衆生の眼となるだろう」
かく説ける勅言の許可を量と為した

正しくないがその誤解として
特に分析して検討するならば
集量論の帰敬文の意図するものが
量成就章で順観・逆観によって
解脱を求める者には世尊を
量であると証明するこのことより
彼の教説だけが解脱に至る港である
そう深い確信を得ることで二つの乗の

道の要訣をすべて編み込んだ正理道により
正しく見出すことができ殊更に歓喜したのである

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

それから菩薩地と経荘厳のふたつを
善く照合して正しく学究することで
弥勒法主の聖典とその随順者たちの
すべての聖典が教誡として現れた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

さらには甚深広大の教説の集成として
編纂される次第で道の枢要のすべてに
有機的に確証を与える所学集成に依存し
一切の経典を集成したもの等の

龍樹流の最勝なる多くの典籍は
それが密意する実践次第で善く現れた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

それから禅定後次第 大日経
ブッダグヒヤにより解釈された
善説の口訣に基づいて
道のすべての枢要は善く教誡として現れた

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

吉祥真実攝の道要は
三禅定に集約されると見受けられる
しかしさらにこの道の甚深義を
どう修習するかは解しがたい

然し大学者ブッダグヒヤは
根本 釈 支分の三種を照合し
三部の怛特羅の甚深修習次第を解釈する
この如実の学説で疑念は払拭された

牟尼の善説一切の究竟
吉祥無上瑜伽怛特羅
そのなかでも至極甚深な
吉祥秘密集会 怛特羅王

それを語る最勝者 龍樹は説く
「根本怛特羅の道要は
六辺四相の印契で封印されている
それ故、釈怛特羅を追従し
師の口訣より知るべきである」と。

この次第を枢要とし
口訣の究竟の集成 行集 安立次第等
秘密集会聖者流のすべての法類を
永く修習し 根本怛特羅を
灯明の如く作明註に基づいて

五大釈怛特羅を善く照合して
大いなる勤修し学んだのである
そう学ぶことで秘密集会の二次第の
全体像と特に究竟次第の要を得たのである

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

このことによって勝楽 呼金剛 時輪等
数多の怛特羅部の要義は教誡として現れた
これらを私は別の書物でも説明したので
ここには探求者のために入り口だけを示しておこう

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

中にすべての典籍が教誡として現れた第二節 竟。

こうして教誡の宝蔵となれる時
大乗二乗における共道と不共道
その二つの道次第に要点を
すべて集約されて修習していく

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

勝子の祈願という恒河は流れ流れゆき
護法への祈願の海へと集まり流れこんでゆく
こう説かれる如くすべての積集する善根を
牟尼の教説が興隆するために廻向せん

 惟うにかくも志善く過ごしてきた
 何とも恩深き哉 至尊智慧の宝蔵よ

後に昼夜行じすべて教法興隆のために廻向した第三節 竟

私の善が広大に増大するそのために
探求者たる賢劫の多くの人々のために
正しい入り口を正しく示すために
私の証解をここに記しておいたのである

これより得られる善なる資糧により
これらの次第ですべての衆生たちが
牟尼の無上の戒行をよく護持することで
勝者が歓喜する道へと入っていくことを

以上、自らの証得を語るこの簡潔なものは、多聞の比丘、東方ツォンカの者、ロサン・タクペーペルがドク大山ゲデン・ナムパルゲルウェーリンにて著した。筆記者はカーシパ・リンチェンペルである。これによって教法の宝が一切の方角へと布されんことを。


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