2025.08.31
༄༅། །དལ་འབྱོར་གྱི་རྟེན་ལ་སྙིང་པོ་ལེན་པར་བསྐུལ་བའི་ཚིགས་སུ་བཅད་པ་བཞུགས་སོ།། །།

ジェ・ツォンカパ大師が仏師パルデンへ与えた有意義な人生を送るための教え

有暇具足の所依における得髄を啓発する偈
ジェ・ツォンカパ・ロサンタクパ著/野村正次郎訳

namo guru mañjughoṣāya

一切衆生の安楽と至善の栄光を具足される

あなたを帰依処とするなら施し与えられる

苦しむ人々を救済せんと重責を背負われる

至尊多羅尊よ 君を恭敬礼拝申し上げます

苦海に溺れて苦しむすべての人々を

私が必ずや救済しましょうと誓われて

その約束を果たそうとなさっている

大慈母尊の御足の下の水華にて

常に恭敬して供養しようとする

有暇の所依を得て 端厳な容姿をもつ

あなたのために 私は手短に語りたい

日々の実践のため 心して聞きなさい

必ず死ぬ すぐに死ぬ これは確実である

死にゆく想念を修めて学んでおかなければ

善への意志を起こすことはできないだろう

もし起きても現世円満に勤しむだけである

だからこそ心でよく思い描きなさい

他人が死ぬのを見たり聞いたりする時に

私も必ずこの人と同じようになるだろう

それが何時かは分からぬが遠い先ではない

この肉体とも 財産とも 家族や友人とも

すべてと別れなくてはならない時は必ず来る

善業と悪業はまるで影の如くつきまとう

悪業により三悪趣へ落ちてゆくのである

そして強い痛みで悶えて苦しむのである

善業により善趣に生まれ続けるのである

遠からず 勝者の境地を得ることになる

これを知りなさい 毎日常に考えなさい

このことを思いつつ帰依につとめなさい

釈尊が在家の者たちに誡めたことである

五戒を堅持できるように心掛け励みなさい

時には潔斎するべきで 次の日の夜明けまで

布薩を行じて八斎戒を護持することが大切である

特に今世も来世も破滅させてしまう

飲酒は賢者が禁じられることだからこそ

端厳な風貌をもつあなたには尚のこと

卑しい快楽は相応しくないのである

その味わいなどは長い苦しみの味でしかない

目先の快楽に感じようとも頼ってはいけない

毒物を混入させたのに上手く偽装している

そんな類の飲料など断たなければならない

毎日 三宝の供養等で善業に勤しむのである

過去に為した罪業は心から懺悔し悔い改める

今後は律しようと日々志を強く鍛えていき

積集する善業はすべて菩提の因に廻向する

生まれ死んでゆく時はたったひとりである

孤独に生まれて孤独に死んでゆくのである

連れ合いも親しいものも何にもなりはしない

欺くこともない最勝のものは正法のみである

この命は短く稲妻の如く一瞬に過ぎず

未来の常楽のため支度しておけるのも

いまこの時限りと覚悟しておくとよい

有暇の大宝を得て手ぶらで帰るべきでない

こうした教えで得られたこの福徳によって

楽しくとも満足せず苦しくとも落ち込まず

現世の喧噪を成し遂げるのには背を向けて

一切衆生が法楽によって生きられるように

これは衆生の福徳を育てるための田畑

仏の御影を描くことに巧みである絵師

パルデンと名付ける者の請願に応えて

私比丘ロサン・タクパが語ったものである

以上、有暇具足の所依における得髄を啓発する偈である。

訳者解題

この短い詩篇はゲルク派の宗祖ジェ・ツォンカパ大師がガンデン僧院を開創した後、秘密集会怛特羅に関する著作をしていた頃に、在家信者であるパルデンという名の仏師に与えたものである。偈文の内容からもその様子が伺える。特に容姿端麗であったこを表現しているものなどは有暇具足の所依を得ていることそれ自体を容姿端麗であると表現しているのか、実際に容姿端麗であったのかは不明であるが、仏像や仏画を製作するという素晴らしい福田を造立する仕事に携わる者への特別な配慮であることは確かであろう。ジェ・ツォンカパ大師はさまざまな大事業を行ったことはよく知られているが、同時にその過程でそれに携わる人々に戒律を授けたりさまざまなアドバイスをして、よりよい人生を送れるように導いたことなどは、高弟であるケードゥプジェの伝記からも伺える。

弊会では優婆塞・優婆夷の戒律の授戒会を本年のサカダワ大祭に開催し、在家の人であろうとも戒体護持をして、時には八斎戒を護る布薩を行い、日々を過ごすことを勧めている。在家の五戒とは、不殺生・不偸盗・不邪婬・不妄語・不飲酒の五つであるが、先日の授戒式にあったようにゴペル・リンポチェも社会生活上最低限必要と思われる飲酒は、ごく少量で酔わない程度なら特別に免除してもいいとダライ・ラマ法王猊下も許可されているのでそれに従うが、そもそも酒類の摂取によって酩酊し、五戒を守れなくなったり、不必要に十善を行えなくなることは極めて残念なことであることを、本偈でもジェ・ツォンカパ大師は「毒入りの飲み物」として教えているので仏道を志さんとする者は特に注意であろう。

ゴペル・リンポチェは本偈を含めて、ジェ・ツォンカパ大師の著作集すべての口伝を保持されているので、また後日、この詩篇を解説する機会をつくりたいとおっしゃっているが、取り急ぎ在家の人たちがよりよい人生を過ごすためにこの素晴らしい教えの翻訳だけでも先にみなさまと共有しておこう、ということになり、とりあえずの草訳をここに本日十万龍大祭の縁日に合わせて公開することとした。


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