
1月1日
初春朔日に波斯匿王が供養し
食後に歯木を放り地に挿して
如意宝樹を茂らせて天人衆を
歓喜に沸かせた君を礼拝する
正月元日、智慧の炎によって浄化されたその会場で、先ずは舎衛城の王プラセーナジット王が施主となった。釈尊は食事を終えられると、歯を磨くため歯木を使われた後、その木を大地に向かって放たれた。木が大地に落ちて挿さると同時にその木は青々とした色へと変化し、それはすぐに伸びてゆき生い茂った如意宝樹は枝葉を高く広くすぐに成長した。その高さと幅は五百由旬ほどとなり、現在我々が使っている単位に換算すると7500kmほどの大きな幅と高さをもつ巨大な如意宝樹となった。
この巨大な如意宝樹には、その後すぐ一輪が車輪ほどの大きさの美しい花が無数に咲き乱れた。花を咲かせるとすぐに実を結び、その果実は、米が五斗程入る程、すなわち米300kg以上が大きな器と同じくらいの大きさの果実となった。如意宝樹の根の部分も枝の部分も葉の部分も、すべては金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・珊瑚・瑪瑙といった七種類の至高の宝石から出来たものへと変化し、それは彩深いさまざまな美しい輝きを放っており、その眩さは太陽や月を圧倒するほどとなった。
この如意宝樹果実を口にするならば、甘露の味よりを凌駕するほど美味であり、いままで誰も嗅いだことのない薫香がその枝葉が触れ合う度に辺り一面に香り、その枝葉の触れ合う音は、妙法の響きとなったのである。そこに集まったすべての人が、この素晴らしい如意宝樹の恵みを享受し、如来に対する信仰を更に一層深めるようになり、釈尊も彼らの機根に応じ説法されたので、彼らは幸せに満ち溢れ、各自が得るべき果の境地を得ることとなり、なかには天へと昇天したものも非常に多かった。
これより釈尊は毎日一種類ずつの大神変を半月の間示現されることとなった。通常、釈尊の神変化現の第一日目は、この巨大な如意宝樹の化現のことから数え、神変場に飛行して釈尊がご登場になられたことや、巨大な火で道場を浄化したことなどは、神変化現として数えることはない。何故ならば、それらは神変化現と比べるとあまりにも小規模であり、この初日のこうした大規模な神変化現から数えて半月二週間、満月の日までに、毎日異なった施主たちが供養し、毎日異なった大神変をすべての観客が目撃し、毎日釈尊の教えを聴聞して善業を積み、その結果、ありとあらゆる衆生たちが無数に毎日それぞれ奇跡的な成果を実現していったのが、この舎衛城の神変化現である。以下の二日目から十五日目に至るすべての神変はこのような大規模なものであったことを留意して頂ければ幸いである。
1月2日
翌日には優填王が会場で供養した
会場の左右に大宝山を示現されて
勝食 柔軟草 甘露を授けられて
満悦させ説法なされた君を礼拝する
翌日正月二日は、カウシャンビー(憍賞弥国)から参加したウダヤナ王(優填王)が施主となり如来たちを接遇して供養した。その時釈尊はその御身の左右に二つの宝石の巨大な山を化現なされた。この二峰の山は非常に高く聳え様々な美しい樹々が茂り、花は咲き乱れ、百味をもつ完熟の果実を実らせた。
観客たちがその果実を食べるとは、その味は大変柔らかく甘い美味をもち、観客たちはこの果実を思う存分味わうことができた。山の頂上付近には美しく大変柔らかな草が生え、馬や鹿などの草食獣たちは、それを思う存分食べて満足した。世尊はそれらを味わい愉しんでいるすべての衆生に、機根に応じた説法を行われ、菩提心を起こさせて、心を成熟させて、そのなかには天界へと昇天する者たちも大変多かった。
1月3日
三日には屯真陀羅が飯食を供養した
漱口水を棄てると八功徳水の池となり
光を放つ蓮華が咲き乱れて網となった
完全な美麗を化現された君を礼拝する
三日は、越祇国のシュンチダラ王(屯真陀羅)が施主となって供養した。食後に釈尊は口を漱がれ、その水を地に棄てるとその水は直ちに200由旬、すなわち3,000kmほどの大きさの宝の池へと変化した。
この池は周辺を金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲・珊瑚・瑪瑙などの七種類の宝石が飾っており、その池の水それ自体も、甘く、冷たく、柔らかく、軽やかで、清らかで、無臭であり、喉をいためることも腹を下すこともない八つの功徳をもつ八功徳水のみで満ちていた。池の底もまた金銀瑠璃玻璃などの七宝の砂でできており、そこから車輪の大きさほどであり、青色・黄色・赤色・白色・紅色・緑色・緑色・多色の様々な色の美しい蓮花が咲き乱れた。この様々な色とりどりの蓮華は芳醇な薫香を放ちつつ、それぞれの花びらの色から光線を放ち、辺り一面を煌々と明るく照らした。
周囲にいた観客のすべてがこの絶世の両池の出現を大変歓喜し、その功徳を褒め称え、釈尊もまた彼らに様々な法をそれぞれの機根に応じて説かれ、数えきれないほどの人々が無上菩提へと発心した者、福徳を積集し、なかには果を得た者や昇天したものも多くいた。
1月4日
四日は因陀婆彌王が中食を供養した
各池の畔から八本ずつ運河が流れ出て
廻って戻り再び流れ込む水声法音にて
三乗の正法を説かれた君を礼拝する
翌四日は、チャンパ国王インドラヴァルマン王(因陀婆彌王)が施主となり供養した。
釈尊は前日に化現した巨大な二つの宝の池の八つの畔から、八本の水流が外側に流れ出し、それがまた巡り巡って池に流れ込む巨大な運河を化現された。
河が流れ込む音からは、信根・勤根・念根・定根・慧根よりなる五浄根、それらが異品へと決して揺らぐことのない五力、念覚・択法・精進・喜覚・軽安覚・定覚・捨覚よりなる七覚支、正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定よりなる八聖正道分、三空・無相・無願よりなる三解脱、神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通よりなる六神通、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・般若よりなる六波羅蜜、一切衆生が苦とその原因から離れるように自らが貢献したいという思う大悲心、一切衆生が楽とその原因から離れるように自らが貢献したいという思う大慈心、さ慈悲に加えて一切衆生が苦しみのない楽から決して離れることのないことを願う喜無量・一切衆生を親疎の区別なく平等に思うことが出来る捨無量を加えた四無量心など、種々の教法の妙音が聞こえてくるようになった。
集まった観客たちはこの巨大な運河が流れ込む音が奏でる妙音の説法に聞き入り、あるものはそれを理解して成仏し、ある者は昇天し、あるものは福徳業を起こし、非常に多くのものが釈尊の起こしたこの神変の化現を目撃し耳を澄まして聴聞し、所願を叶えるものとなったのである。
1月5日
五日は梵摩達王が会場で供養した
御尊顔から黄金の千光が放たれて
三千大千世界に満ち悪趣の心も浄められ
一切衆生を常楽で満たされた君を礼拝する
翌五日は、ヴァーラーナシーの王ブラフマダッタ王(梵摩達王)が施主となり釈尊を供養した。
この日釈尊はその御尊顔から黄金が輝くような千の光線を放散させられて、その光線は三千大千世界そのものを明るく照らし、三千大千世界は、釈尊が放った光線で満ち溢れ、明るく輝くものとなった。この光線を浴びたすべての衆生たちは、貪・瞋・痴の三毒、貪・瞋・癡・慢・疑の五害から離れることとなり、身心に大いなる楽が起こり、比丘が第三静慮を得ているのと同じような境地を得た。
集まった観客の多くの者たちは仏の功徳を信解して、釈尊も説法をしたので、無上菩提へと発心した者たち、昇天した者たち、福徳業を起こした者たちも無数現れることとなった。
1月6日
六日は離車族の人々が飯食を供養した
会衆は互いに相手の心が分かるようになり
白黒の業を感じることができるようになり
信頼し合い信心を深めさせた君を礼拝する
翌正月六日は、ヴァイシャーリーから駆けつけたリッチャビー族(離車族)の者たちが施主となり釈尊を供養した。
釈尊はその場に集まったすべての人々が、お互いに相手が何をか考えているのか分かるようにようされて、すべての人々がそれぞれ善業・悪業が何であるのかということを理解すること出来るようにされた。
そのことによって観客たちはこれまでよりも自分たちが何をすべきかを明らかに理解できるようになったので歓喜し、釈尊を礼讃した。人々はお互いの心に疑心暗鬼を生じることはなくなり、お互いに心から信頼し合うようになり、心浄らかに信心を深めることができるようになった。すべての人々がよき祈りの気持ちをもてるようになり、それぞれ得るべき境地を得て、昇天するように祈願する者も数えきれないほどになったのである。
1月7日
七日は釈迦族の人々が供養した
福田に参加した人々全員に
七宝のある転輪王の最勝の
財産を化現された君を礼拝する
翌正月七日は、カピラヴァストゥから駆けつけた釈迦族の人々が施主となり釈尊を供養した。釈尊は集まっていた観客すべてを転輪王へと変化させ、すべての人がそれぞれ七宝の財と千人の王子を所有し、親族や家来から崇拝されていることを実感できるようにされた。このことから観客のすべてが転輪王となり最高の財産をもつ者となり、歓喜で驚嘆したので、釈尊は彼らに説法されたので、無上菩提へと発心した者たち、昇天した者たち、福徳業を起こした者たちも無数現れることとなった。
八日は帝釈天が供養した獅子座より
五人の食肉鬼と金剛手が湧き出でて
六師を降伏させ九万人を解脱させた
無辺に神変を示現された君を礼拝する
1月8日
翌正月八日は、神々の覇者・最高神である帝釈天が釈尊のために師子座を造立して施主となり供養した。釈尊はまず香水殿に右足を踏み入れられた瞬間に、大地震が起こった。これを五百人の仙人たちが外道の六師たちが援軍を求めて送ってきた合図であると受け取り、神変会場へと駆けつけてきた。すると釈尊がその御身から光線を放たれ、その姿は太陽のように明るく輝いており美しいのを直接目にして、釈尊に対する心からの信心を起こし、その場で出家して仏弟子となり、すぐに阿羅漢となった。そして釈尊はこの五百人の阿羅漢を引き連れ、大神変の会場へと向かわれ到着された。
釈尊は到着されるとすぐに数百人の人々が取り囲む中心に位置する帝釈天が造営した獅子座の上へと着座なされた。目連尊者はその時に釈尊に「私の神通力でこの外道の師たちを敗北させましょう」と申し出たが、釈尊は「この六師たちは、私自身が神変の対決するようにと催促しているので、私が自分で神変を示現しないといけません」と語られて、プラセーナジット王に向かって、「如来に外道の師たちと神変示現を請願した者は誰でしたか」と尋ねられるのでで、王もすぐに座から立ち上がり合掌し「如来よ、どうか神通力をもって神変を示現して下さいますようお願いします。」と再度懇願した。
すると座の上にいらっしゃった釈尊のお姿を誰にも見えなくなってしまった。しかしながら釈尊は見えないけれども、四方へと移動なさっており、立ち上がられ、腰掛けられ、臥せられているのが、放たれる光線が様々に動いていることからわかった。釈尊は時には下半身から炎を吹かれ、上半身から河を流され、その逆もなされて「この程度のことなど声聞にも共通している神変である」と語られた後、再び獅子座の上へとお戻りになられて誰しもが釈尊を見えるようになった。
獅子座の上にお戻りになられた釈尊を帝釈天は左方から供養し、右方からは梵天が供養した。釈尊は再び「大王よ、如来に外道の師たちと神変示現を請願した者は誰でしたか」とお尋ねになられたので、プラセーナジット王は「私で御座います」とお答えし神変示現を再び懇願した。
すると釈尊が地を手で触れられると、地中から龍たちが湧き出して来て、車輪ほどの大きさで千枚の黄金の花びらをもち、金剛の雌蕊をもった蓮華を釈尊に献上した。釈尊はその巨大な蓮華の中央へと座わられた。この蓮華と同じような蓮華が沢山湧き出してきて、その蓮台のそれぞれの上に数多くの仏がいらっしゃり、それが色究竟天までに高く満ちることとなった。それらの仏たちのなかには、燃え盛る仏、光明を放つ仏、雨を降らせている仏、稲妻を放つ仏、一切知の授記をする仏、質問をしている仏、質問に答えている仏、座したままの仏、供物を受け取っている仏、立ち上がっている仏、じっとしたままの仏、臥せっている仏など、すべてが童子たちでも問題なく仏の御影に見えることができるようにと加持なされて化現なされたのである。各国から集結した王やその家族や家臣、何十万もの神々や人間たちがこの神変に眼を閉ざすこともなく見つめ続けることができて、彼らは礼拝し、歓喜を起こし、華鬘や塗香を散じて供養した。
化現された諸仏はまた
はじめなさい 出離しなさい 仏法へと入りなさい
芦屋に囚われた象の如く死魔の軍を打ち破りなさい
誰であれ 不放逸に行じてこの法と律を行じる者は
生の輪廻を断滅させ苦しみに終止符を打つのである
といった偈頌を説かれて、釈尊は「比丘たちよ、この神変はこれから見えなくなるので、この吉兆をしっかりと記憶しなさい」と仰って化現なされた神変を見えなくされたのである。
プラセーナジット王は外道の六師たちに告げて「ああ、世尊は神変を示現なされました。あなたたちの番ですのですので、披露しなさい」と述べた。プーラナ(Pūraṇa Kāśyapa, 富蘭那迦葉)は何も言い返せずに、マースカーリン(Māskārin Gośāliputra, 末伽梨拘舎梨)へと順番を譲り、彼はまたサンジャーイン(Saṃjāyin Vairaṭiputra 散若夷毘羅梨沸)へ、彼はまたアジタ(Ajita Keśakambala, 阿耆多翅舎欽婆羅)へ、彼はまたカクダ(Kakuda Kātyāyana, 婆浮陀伽旃延)へ、彼はまたニルグランタ(Nirgrantha་Jñātiputra, 尼乾陀若提子)へと順番を譲り、再度プーラナの番へと一巡した。再度プラセーナジット王が催促し、三巡しても彼らは何も言い返すことなく、ただ沈黙を保ったままその順番を譲るだけで、困惑し萎縮していき、頭を垂れて威勢もなくなり、恐怖に怯えていただけとなった。
そこで釈尊が手で獅子座に触れると、獅子座からは雄牛が鳴くような大きな音とともに五体の巨大な食肉鬼が現れ、六師外道が座っていた座を引き寄せて破壊した。金剛手菩薩が金剛杵の先端から燃え盛る炎を出し、外道の六師たちの頭の方へ向けると、六師の外道たちは、慄いて急いで逃げ出した。マースカーリンは山の中に、サンジャーインは草叢に、アジタは森の中、カクダは会場のなかに、ニルグランタは神殿の中へと逃げ隠れた。プーラナは、池に飛び込み、そのまま地獄へと落ちていった。それ後プーラナと同じ名前の弟子が中心となり代理を務めたが、本人たちは密かに婆羅門城へと逃げ去っていったのである。
後に残された外道の弟子たちは九万人ほど居たが、その全員は釈尊に帰依した。彼らが出家したいと申し出ると釈尊は彼らを歓迎なさり、自分たちで剃髪して、出家し比丘となった。釈尊は彼らに説法されたので、煩悩を増大させる漏のすべてを尽し、彼らは煩悩から解き放たれ阿羅漢となった。
この後、釈尊はご自身の毛穴のすべてから八万の光線を放散させ、それが天空のすべてを覆うようにとなされた。これらの光線の一本一本の先端からは巨大な蓮華が化現し、その各々の蓮華座の上に、如来とその眷属を化現なされ、そのすべてが正法を説かれているものを化現なされた。周囲にいた大勢の観客のすべてに、そのような化身仏に直接会えるようになされると、彼らも更に一層の信心を起こすこととなった。そこでもまた釈尊はそれぞれ説法なされたので、彼らのなかには無上菩提へと発心した者も無数となり、果を成就した者たち、昇天した者たち、福徳資糧を起こした者たちも無数に出現することとなった。
以上、釈尊が正月元日から八日まで起こした大神変の示現である。この八日間をまとめると施主は順にプラセーナジット王、ウダヤナ王、シュンチダラ王、インドラヴァルマン王、ブラフマダッタ王、リッチャビー族、釈迦族、帝釈天であり、釈尊が示現した神変の内容は順に、巨大な如意宝樹、二つの大宝山、八功徳水の巨大な二つの池、八本の運河、黄金千光の放散、観客相互の他心通、転輪王の財物の下賜、千仏化現である。このうち七日目までは、それまで以前に釈尊との神変大会を開催するよう依頼を受けた諸国の王たちであり、八日はこれとは異なり、人間の王ではなく、神々の王が施主となり、色究竟天、すなわち欲界・色界のすべての神々の棲家にまで及ぶところに特徴がある。
また六師外道たちは逃げ出すまで一度も釈尊に対抗する神変を示現させたことはない。釈尊もまた彼らを直接何らか神通力をもって、直接の力によって危害を加えたことはない。また釈尊の神変示現のすべては、そこに集った観客へ利益を齎すためのものであり、釈尊は神変を示現して何をしたのか、といえば、神変を起こして、あくまでも説法をされて、衆生を導いたのである。六師外道と対決したことは確かであるが、外道は自分の手番となっても何もしていないので、釈尊は相手が途中退場したことによって「不戦勝」ということになる。このような戦い方は、釈尊が成道前に魔軍を降伏された時も同様であり、この非暴力による不戦勝は仏教の戦術として極めて重要で、舎衛城神変の教えの要点もここにあるのだろう。
(つづく)




