
ある日 舎衛城で王弟が処刑され
切断された手足を真言で治されて
大神変会場を智慧の火で浄められ
神足で降臨なされた君を礼拝する
釈尊と六師外道が舎衛城に集まり、神変の競技大会の開催日も迫ったある日、残虐な事件が起こった。
プラセーナジット王(波斯匿王・はしのくおう)には異母弟カーラ王子(哥羅)という者がいたが、この王子は素晴らしい容姿をもった大変な美男であった。ある日王子が王宮の側を通っていた時、後宮の王妃の一人が王子を目にし、その美しく凛々しい姿に心を奪われ、後宮から花輪を王子に投げつけた。花輪は王子の肩の上に落ちたが、その様子を多くの人々が目撃するものとなった。
日頃から王に対して恨みを抱いていた家臣の一人はこれを叛逆の好機であると考えて、プラセーナジット王に対して「あのカーラ王子は後宮の王の妃と密通しております。しかもそれは皆が知っている程です」と事実無根の嫌疑をかけて内部抗争を企もうとした。プラセーナジット王はこれを聞くとすぐに激昂し正気を失ってしまい、詳しく調査もしないまま、家臣に命じて即刻カーラ王子を捕らえさせ、その手足を切り落とさせて、処刑所の近くの道端に放り捨てるという極刑に処することとなった。手足切断の刑というのは古代のインドで行われた叛逆罪に対する処罰の一般的なものであり、王の異母兄弟とはいえ、王子はそれを逃れることは出来なかった。
手足を斬られて血が滴り激痛に悶えて横たわっているカーラ王子の下にはすぐに近親者が駆けつけた。近親者は無実の罪に問われて残虐な処刑を受け苦しんでいる王子の側で泣き喚いた。そこを外道の六師プーラナたちが通りかかったので、彼らに「王子は無実の罪で処刑されています。どうか王子の手足を元通りにする呪文をかけ助けてください。」と懇願した。しかし彼らはただこの残虐な事件に恐れ慄いただけであり、何らの呪文も口にすることなく、一瞥しただけで無視しそのまま通り過ぎて、立ち去ってしまった。
時を同じくして釈尊に様子を見るために托鉢の途中でそこを通過するよう命じられたアーナンダがそこを通りかることとなった。王子の近親者はアーナンダにもまた同じように助けを求めて懇願した。アーナンダは「分かりました。少々お待ちください。如来に相談してみます」と言って、祇園精舎へと戻り、釈尊に事情を説明したところ、釈尊は「すぐに戻って、近親者にバラバラになった手足を元の場所に置かせなさい。そして次のような真言を唱えて祈願してあげなさい」とアーナンダに命じられた。アーナンダは王子のもとへと再び戻り、釈尊から教わった通りにし、「三宝こそ最勝のものである。この事実の力によって、この人の手足が元通りになりますように」と祈った。すると王子の手足は一瞬にして元通りになり、傷跡もなくなり、王子は五体満足で完全に治癒したのである。
この様子を目撃した人々は「アーナンダは外道の師たちを圧倒的に勝っている。」と声高らかに語るようになった。傷口が癒えて快復したカーラ王子は釈尊の元へと参じこれまでよりも更に深く帰依して聴聞することとなった。釈尊も王子に説法をされ、王子はこのように大きな苦難を経験してそれまでに積んでいた罪業も浄らかになっていたこともあり、最早二度と輪廻の苦海へと流転することない不還果の境地を得て神通力をも得たのである。カーラ王子の快復を聞いたプラセーナジット王は、王子の宮殿で王子の帰宅を待ち構えていたが、王子は二度と戻ることもなく、自分の宮殿はそのまま釈尊とその弟子たちが精舎のひとつとして利用して頂けるようにと寄進し、カーラ王子は修行に励み神通力をも得ることとなった。
プラセーナジット王は舎衛城から祇園精舎までの広大な土地を神変競技の大会場として、そこに百千の色彩豊かな絨毯を敷き詰めて、白檀の香水を散布し、数多くの幢幡を掲げ、正絹の組紐で結び、神々たちの楽園であるかのように荘厳した。釈尊のためには、宝石で飾られた黄金の宝座を設置して、外道の弟子たちもまた自分たちの師のために貴重な品々を持ち寄って六棟の神殿をそこに建立し準備した。
この会場にまずは六師外道たちが会場に集合し、「大王よ、私たちは既に先にここに到着しました。沙門ゴウダマをここにお呼び下さい」と使者に伝えさせた。伝言を聞いたプラセーナジット王とその家来たちも会場へと出向き、釈尊たちを奉迎するために婆羅門の童子を遣わすと、釈尊はあたかも雁の王が空を飛ぶように、神足通を用いて虚空を飛行して弟子たちと共に神変会場まで堂々といらっしゃった。
釈尊が神足通で飛来されたのを一同は目にして、プラセーナジット王は外道の六師たちに「世尊はいま既に神変を示現なされました。次はみなさんの番です。神変を示しなさい。」と促したが、六師たちたちは「王様よ、いまここにはこのように大勢の者が集まっております。あの神変が一体どうして沙門ゴウダマが起こしたものであると特定できましょうか。誰がやったものかは判断できるものではありません。」と言い訳をした。
そこでカーラ王子は、自らの神通力を使って天界の香山からマンゴーの樹の純白の葉で鳥を呼ぶ声を発しているものを集めてきて神変競技場の北側へと敷き詰めており、別の長者も神通力を使って天界の如意宝樹を取ってきて会場の南側に移植し、観客に釈尊から授かった神通力の威力を披露した。プラセーナジット王は外道の六師たちに再び「次はみなさんの番です。神変を示しなさい」と命じたが、彼らは再度「王よ、このような神変は誰が起こしたものかは特定できません。」と言い訳した。確かにこの会場には釈尊の神変示現を観覧するために、無数の生物たちが集まってきているだけではなく、天空にも百千尊の神々がじっと見入っていた。
そこで釈尊は会場の中心へといらっしゃり、光明を放散させて、会場全体をその熱で燃やし始めたのである。そこで外道の六師たちは「王よ、いま沙門ゴウダマはこうやってこの会場全体を燃やしていますが、彼に本当に力があるのならば、この炎を鎮火させてみてはどうでしょうか」と提案したところ、王や妃や集結した諸国の王や妃たちも返答に困って、何も言い返せずに黙らざるを得なくなった。その様子を見た外道の六師と弟子たちは大変満足して歓喜することとなった。
如来の力によって起こった火は、会場のすべての汚い穢れを焼失させると自然と鎮火し、神変の大会場は大変美しいものへと変化したので、王たちも大変喜んで六師たちに「世尊はいま既に神変を示現なされました。次はみなさんの番です。神変を示しなさい。」と促したが、彼らは何も言い訳ができなくなり、沈黙を保ったままであった。このようにして神変の競技大会は釈尊、御歳五十七歳の時の正月元日にインドの舎衛城に設置された大会場にて諸国の王たち、神々たち、そこに様々に集まった無数の生物たち、これらの天人衆の環視の下、この地上で開幕することとなった。
(つづく)




