
2026年3月11日ダライ・ラマ法王猊下は、勅書を発表なされ、特に若い世代の人たちがチベット独自の宗教・文化・言語を継承することが重要である旨の声明を発表されました。弊会の本山デプン・ゴマン学堂では、インドに難民となって亡命した後にも、ダライ・ラマ法王猊下の指導によって、伝統的な仏教を次世代へと継承するために日々取り組んでおりますし、その取り組みが具体的にどのような取り組みであり、どのような方々が活動しているのかを日本のみなさまにも紹介させて頂くために、チベット文化の継承者であるゴマン学堂の僧侶のみあなさまを招聘し、日本においてみなさまが直接それに触れることが出来るように様々な活動を行っております。以下のダライ・ラマ法王猊下のご声明は、あくまでも若い世代のチベット人に向けて発信されたものではありますが、弊会とご縁をいただいている日本のみなさまにとっても大切なメッセージであると思われますので、ここに訳出させて頂きご紹介申し上げます。
〔以下、勅書和訳〕
このたび、チベットの元政治囚の方々が連名で、高潔な志と責任感にもとづき、「チベット人、と呼ぶに相応しい文化と言語の特色について、それを失わせることなく継承し、また衰えたものを回復していくために、チベットの内外に在住する次世代の人々に対して、私自身から助言を示してほしい」との要請を、書面および口頭の双方において寄せられました。本来この問題については、これまでも折に触れて少なからず助言してきましたが、その重要性に鑑み、ここに改めて記して申し述べておきたいと思います。
この世界における様々な国家・地域・民族は、それぞれ異なった文化・言語を有しているように、「チベットの文化」という時、それは突き詰めれば仏法と深く結びついたものです。たとえば私たちが常日「仏の教宝が興隆し、久住しますように」と唱えて祈願する場合でも、仏のお言葉を収めた大蔵経仏語部(カンギュル)、それらの意図を注釈する大蔵経論疏部(テンギュル)、さらにサキャ派・ゲルク派・カギュ派・ニンマ派の偉大なる祖師たちの著作集をはじめ、日々の読誦に用いられる経本に至るまで、これらすべての聖典はチベット語で記されているものです。それらをチベット語そのままで意味を理解するようには、他の言語で代替して理解することは出来ませんので、まずチベット語そのものに対して、すべての人が特別の関心を払う必要があります。
また「チベット人」とは何であり、如何なるものであるのか、いうことは、単に顔立ちや体格といった外見によって定義できるものではありません。それは、社会を構成している人々が実際に継続している慣習的な文化芸術、すなわち、ラモの神楽劇、仏教舞踊、焼香燻浄による祈願、風馬を撒き祈祷幟を建てる風習、文字の書き方、伝統医学、占星術、歌謡・舞踊・奏楽、手工芸、絵画、木彫細工、身体の所作の習慣、礼節ある敬意の表し方といった、民族固有の様相の中に表れているものです。同一の宗教・文化・言語によって結ばれているチベットの三大地域は、発音上わずかな方言の違いはあるものの、その精神面においては深く結びついているものです。これがチベットの宗教・文化・言語の恩恵であることを忘れてはなりません。
たとえばチベット独自の歌謡や舞踊などの芸能を見れば、他の民族のものとは一見して異なった独特の力強さがあるのが分かるでしょう。それらは高揚感を高めるものであり、軽快な動きのなかにも重厚感があり、立居振舞いや手の仕草にも優雅で、歌と合わせると独自の趣があり、歌の発声法も他の民族にはない独特なものがあります。こうした本来の貴重な伝統文化を現代のものと混在させず、本来の形のまま継承し、折衷や退廃が起こらぬよう保全していくことが大切です。
チベットの慈愛に溢れたものの考え方、倫理的な言動、言語など、他の民族には見られない独自性もっています。7世紀、第33代チベット国王・ソンツェン・ガンポ法王の時代には、トンミ阿闍梨が新たに開発し現在も継続するこのチベット語は、パーリ語、そして主にサンスクリット語の語句に逐次対応させることが可能な言語です。同様に聖地インドの叡智がチベットの地へと伝来しています。言語学者たちによれば、このチベット語は世界でも古い10数個の言語の一つに数えられているとされており、チベット語が文化の核心を成すものであるということを理解することは極めて重要です。
8世紀、第38代チベット国王ティソン・デツェン法王の時代に、戒師シャーンタラクシタ、阿闍梨パドマサンバヴァ、法王ティソン・デツェンの三者が一堂に会し、仏法の基礎を確立するにあたり、如来の仏語とその密意を説く論疏をサンスクリット語のまま保持すべきか、あるいはチベット語に翻訳してよいかについて検討する会議が開催されました。この時、大恩ある師である大戒師シャーンタラクシタは、「チベットの菩薩が化現した言語で仏法を実践すべきである」とのお言葉を授けられました。その後、9世紀、第42代チベット国王ティ・レルパチェンの時代には、それまでに訳出された経論の語彙を統一し、新欽定訳語を定めて訳経のすべての校訂が行われました。このようなチベット語は、私たち民族の独自の全体像を明確に示し得る、かけがえのない至宝です。しかしもしこれをチベット人自身が軽視し、大切にせず失ってしまうのならば、それは決して取り返しのつかない大きな損失となります。その危険を憂慮している年長の方々や知識人の方々は率先して指導にあたり、若い世代の方々も強い関心をもって先達の言葉に耳を傾けなくてはなりません。そうすることもなく、インドやネパールに住むチベット人はインドやネパールの言語を、海外に住む人々が英語を、チベット本土に住む人々は漢語をといったように、生活上の必要に迫られて過度にそれらを用いるようになってしまえば、いつの日かチベット人自身が自らの言語を完全に失ってしまう危険があるのです。チベット人同士がチベット語で会話することもなく、外国語に依存しなくてはならないのなら、これ以上に恥ずべきこと、また痛ましいことはないでしょう。このようなことからも、チベット人として存在するその限り、チベットの宗教・文化・言語を、自分たちのために大切にしてゆくことに、特別の関心と強い使命感を抱かなければなりませんし、その重要性を改めて申し上げたいと思います。祈りをこめて。
釈氏沙門法師ダライ・ラマ、第17ラプチュン火午歳1月13日、西暦2026年3月11日識す。
〔玉璽〕
以 上







