2021.05.15
སྟོན་པའི་མཛད་རྣམ་སྙིང་བསྡུས།

兜率天からいつどこへ出立なされたのか

サカダワ大祭・仏伝の紹介:第4話 降兜率
訳・文:野村正次郎

釈尊はいまより遥か昔にすべての衆生の苦しみを解放するために、自分自身がブッダになり、どのようにしたら私たちが苦しみから解放されるのかを教えるで衆生を利益せんと菩提心を起こされた後、三阿僧祇劫もの期間、資糧を積集してすべての煩悩と知性の障害を克服され、色究竟密厳浄土にて現等覚されて如来となられたが、その受用身の如来としては一切その場を離れたり動くこともなく、生物が存在する限り、無限の宇宙の無限の惑星に無数の化身を示現して出現し、それぞれの生物の能力や思惑にあった教えを説き、彼らが苦しみから解脱するための活動をしてきた。前回紹介したように受用身の如来は未来永劫決して涅槃しない、つまり説法をするという利他の活動を停止することがないので、いまも無数の大地に化身を出現しつづけており、衆生に法を説き続けているということになる。たとえば欲界の西方にある極楽浄土で説法をし続けている阿弥陀如来もまたこうした受用身の如来の化身のひとつであり、受用身の如来が存在する場所は、色究竟のみであり、それ以外のすべての空間・時間に活動し続けている無数の如来たちはその化身ということになる。

如来たちのすべてはひとりの人格が進化したものであり、受用身の如来としてはいまの私たちと同じように精神も身体もひとつであるが、化身となると衆生の要望や必要性に応じて無限の数示現することができるので、ひとりの如来が無限の人数に化身することもできるし、如何なる場所にも化身を出現させることができるが、もともと継続していたその人格の意思や関係性というものと無縁な場所で活動するよりも、過去の関係のあるところに出現されることも多い。というのも、如来となってそのような活動する以前から出会った人々や生物たちに、いまはまだあなたたちのためにできることはない、と思いつつ将来この人たち、この生物たちの前に必ず再び現れて役に立つことをしようという誓願をたてて人と人、生物と生物との関係が構築されていくからである。

兜率天へ何故転生したのか

釈尊もこれと同じようにいま私たちが住んでいるこの娑婆世界と無限の過去から縁があり、将来ブッダになるなり方を実際に弟子たちに見せ、説法をするという最勝の化身をここで示現して法を説こうと何度となく誓願をたてられている。それらの一部はジャータカの物語にもあるが、この誓願が縁となり、いまより遥か彼方の昔に、いまのこの世界に迦葉仏が居られる時に、年若い修行者として迦葉仏の率いる僧団におられ、その時迦葉仏から次のように声をかけられる。

「あなたは私がここで涅槃をした後、人間の寿命の長さが百歳ほどになった頃、この娑婆世界へとやってきて、如来・応供・正等覚・明行足・善逝・世間解・調御無上大夫・天人師・仏・世尊釈迦牟尼となられ、八十年の間、すべての煩悩を破壊する法輪を人々の心へと転じることになるだろう。そしてそれはあなたが涅槃した後に必ず永くこの地で継続するだろう。」

釈尊はこの時以外にも修行時代から無数の授記を燃灯仏などからも授かるが、この迦葉仏の授記の声はすべての世界に広く響くものとなり、この瞬間にこの若い修行者はこの娑婆世界の欲界の兜率天に、一度だけの生を受ける菩薩として転生し、その菩薩の名前は頭頂に白く尖った先端をもつ勝れた者という意味をもつシュヴェータケートゥと呼ばれることとなったと伝わっている。

兜率天とは如何なる場所か

兜率天(トゥシタ・覩史多天)は、現在釈尊の代わりに弥勒菩薩が私たちがいま住んでいることで有名であるが、まずは兜率天とはどのようなところか確認しておこう。

いま私たちが住んでいるこの地球というか閻浮提より少し上方に持国天(東)・増長天(南)・広目天(西)・多聞天(北)という四天王とその眷属が住んでいる四王天種が存在し、その上方に彼らが仕えている、神々の王で実質の権力者たる帝釈天が中心に住んでいる三十三天(忉利天)があり、そこは帝釈天以外には梵天などの三十二名の神々が中心として支配している社会であるが、これは須弥山の頂上の上に位置しているが、そこまで地上であるから四王天種と三十三天の神々の住んでいる場所はあくまでも地面の上であるので、彼らは「地居天」と呼ばれている。

「地居天」より上に住んでいるものたちは、地面に縛られず空中でふわふわと飛んで生活をしているので、「空居天」と呼ばれるが、その最初は、三十三天のように領土争いなどによって阿修羅と戦争する必要のない神々が存在し、彼らは夜摩天と呼ばれている。この夜摩天と呼ばれる神々は単に阿修羅と戦争することがなく平和であるという楽を享受しているが、さらにその上に歓びに満ちたもの、つまりすべての享受できるものを余すことなく享受できている「兜率天」(トゥシタ)という種類の神々が存在し、釈尊がこの人間の住んでいる閻浮提に来られる前におられたのはこの場所であり、現在弥勒菩薩が説法をされているのもこの兜率天、歓喜に満ちた神々の住処と呼ばれるところということになる。

兜率天のことをチベット語ではガンデンといい、ジェ・ツォンカパ自身が開創したガンデン・ナムパルギャルウェーリン、すなわち一般的にガンデン寺と呼ばれるこの僧院は、この兜率天に因んで「兜率浄土の諸仏の完全なる勝利の苑」という意味であり、ゲルク派はもともと「ガンデンパ」と呼ばれて、この兜率浄土の宮殿を模した僧院とその法流に属する者という意味であり、このガンデン僧院を「母の僧院」としてそこからもう少しラサの中心部に「子の僧院」として開創された僧院がパルデン・デプンすなわちデプン僧院ということになり、このデプンから派生して建立された僧院が「セラ・テクチェン・チューリン」(セラ大乗法苑)であり、セラ・デプン・ガンデンはゲルク派の三大総本山は中国共産党によって今日ももっとも弾圧されているチベット仏教の最大規模の総本山であるが、現在はダライ・ラマ法王の指導の下で南インドのカルナータカ州に本拠地を構えて活動している。

兜率天より更に上位の欲界の神々としては、何かを享受しなくても自分で好きな時に自分が享受したいと思うものを自由に作り出すことができる化楽天と、さらに自分で作り出さなくても他の衆生が作り出した楽をすべて横取りしてよい他化自在天という二天が存在し、身体の感覚器官である眼・耳・鼻・舌・身体という五根から起こる感覚が対象としているものを享受しなければ身体を維持できない神々、すなわち欲界の神々には、六種あり、地上から順に上方へと数えるのならば、四王天・三十三天・夜摩天・兜率天・化楽天・他化自在天のことを六欲天という。

ただし夜摩天以上の神々は空中でふわふわと飛んで生活をしている空居天であるので、特にここにいるという場所をもっているとは言えない。化楽天・他化自在天などは他の神々に比べると苦しみが少ないというだけであって、化楽天の生活は自己完結しているのでそれほど楽しくはないし、他化自在天などは善業を行おうとする者を邪魔して他者の財産を奪うことばかり考えている阿修羅の多くはこの他化自在天のなかでも特に品行方正でないものたちのことであり、菩薩がブッダになろうとする時に退治される魔のひとつの天子魔とはこの他化自在天が中心である。

このような事情もあり通常仏教以外のインドの宗教でも死後生まれ変わるべく目指している天国は三十三天であり、仏教徒の多くが目指しているのも歓喜に満ちた兜率天へ転生することを希望している場合が多い。特に兜率天では常に閻浮提に降臨する前の如来が交代で説法をしていることから大変人気であり、ジェ・ツォンカパが現在居られる場所もこの兜率天であり、弘法大師空海が現在居られる場所もこの兜率天として大変人気のある場所であり、これらの神々の住処がどこにあり、その神々の寿命がどの程度の長さであり、身長がどの程度なのか、ということについては『倶舎論』をはじめとする阿毘達磨文献でも詳しい説明があるが、いま釈尊の伝記を考える上ではあまり重要ではないので、兜率天は凡そそのような神々の住んでいる場所というか空間であるということだけ分かっておけばよいだろう。

釈尊がこの閻浮提世界に来られる前に、シュヴェータケートゥと呼ばれる菩薩として転生した瞬間にこの地上で将来釈尊が誕生されることになるルンビニーでは、大地はすべてダイヤモンドから成るものへと変化し、その場所は宝石で満たされ、宝石でできた樹木が生え、草木は素晴らしい香のする新芽へと変化し、池や河などのすべては美しい蓮華で満たされるという不可思議な現象が地上では起こるが、これは釈尊がその場に将来降誕されるために菩薩たちが加持して準備したものである。

シュヴェータケートゥは兜率天の普通の神々たちが住んでいる三万二千の宮殿よりなる外院の中にある、未来に仏となる大乗の所化が住んでいるに内院の中心へ赴かれて説法を開始されるが、その説法は極めて美しい音がする楽器によって伴奏されたものであり、その音楽は「あなたの限りない功徳の力と諸仏の加持の力によってこのような素晴らしい説法がなされている。無限無辺の智慧の輝きは燦然としてその光明は十方へと広がっていく。あなたのこの説法によって歓喜に溢れたこの兜率天の宮殿は更に美しさを増している。しかしながら慈悲深きあなたはそのうち閻浮提へと行かれるのでしょう。しかしながらどうかためらわないでください。あなたの慈悲の強さがあなたをそこへと導いていくのでしょうから」というメッセージとして聞こえてくるのである。

シュヴェータケートゥの説法は絶妙なるものが長期間つづいていたが、いつの間にか閻浮提は闘争の時代と呼ばれる時代を迎えており、人間の寿命も無限からどんどんと短命になっていき百歳に近づいていく。これに伴い「そろそろその時は近い」とシュヴェータケートゥははっきりと意識するようになっていった。

釈尊が閻浮提に誕生される十二年くらい前になると、この様子を観察しながら空中を飛び回っていた神々たちが忙しくしているので、地上でもそろそろその時が来るということがわかるようになり、そろそろ転輪聖王となられるか、仏となられるかどちらかの方が出現されるだろう、ということが噂になり、天空を飛び回る神々たちも「十二年後に菩薩が受胎されることになります」と予言の言葉を宣伝して回ったので、その時閻浮提にいた五百人の独覚たちも、お互いに声を掛け合ってヴァーラーナシーへと集合して、「さあそろそろ仏世尊がいらっしゃる時も近いので、私たちが衆生を助けるのもそろそろ必要がなくなる時に近づきました」ということとなり、独覚たちはすべて無余依涅槃へと入ることとして、残された身体にはどこからともなく自然に炎で燃えて灰となり、それは天空へと待って、地上に独覚の舎利を降らせ、地上を清めることとなったのである。

五つの観察と選択

釈尊が兜率天からこの閻浮提に降下する日が近づくに際して、釈尊は時・場所・種族・家系・母の五つ観察して、正しい選択をして降下されたとされているが、それは次のようなものである。

まず時としては閻浮提の人間たちがお互い言い争いをしている闘争の時代と呼ばれる時に、人間の寿命が百歳程度に落ち込んでいる五濁悪世の時を選んで閻浮提で成道の相を示すべきであると考えられた。これは他の如来が選んだ時よりも衆生をはるかに導きがたいひどい時代であり、釈尊はかつてそのような五濁悪時にこそ、自分は最勝なる化身を衆生に示して人々を導きたいと決意され、その決意を実現しようされたものであり、闘争期の五濁悪時とは、まず劫濁と呼ばれるのは、戦争や争い事が起こる不安定な時代ということであり、命濁とはまずは人間の寿命が百歳ほどしかなくさらにその寿命が定まっておらず、いつ死んでもおかしくない状態であること、そして衆生濁としては、人間たちはそれぞれ自分勝手に暮らしており、その心を指導することが極めて困難であるということであり、見濁とは、悪いことをしても苦しみが起こらないとか、善いことをしても良い結果が起こらないとか業果の法則を無視するような考えをはじめとし、暴力を肯定したり、生贄を世間の神々に捧げれば天界に生まれ変わるといった悪しき考えをはじめとして、この世は見ためだけであり、死んだらなにもなくなるといった間違った考えが蔓延している状態のことを指している。しかしこのような時代であるからこそ、非暴力と縁起を説く仏教こそが重要な意味をもつのであり、あえてこのような時代に説法をすることが最も適切である、と釈尊は考え、それを確認した上で、兜率天から閻浮提の人間界へと降下しようとされた、といことが時代を観察し選択したということである。

次に場所であるが、そもそもブッダが地上に降臨するその目的は、衆生を利益するというこの目的だけによるものであり、仏弟子の中心は神々か人間かのどちらかでしかない。というのも他の衆生が仏法を実践することは極めて難しいからである。では神々と人間とのどちらに転生した方がいいのか、ということを考えると、神々は欲するものを多く享受しており、寿命も長いので、そのまま神々であり続けることを望む気持ちが強く、神々であることをやめて輪廻から解脱したいという気持ちにまずなりにくい。しかるに別解脱戒を死ぬまでまもって次の生も継続的に仏法を実践しようと思いづらく、また寿命も永遠のように長く、ありとあらゆる誘惑があるので持戒しつづけることも難しい。したがって神々にこれまで三阿僧祇劫の間授かりつづけてきた戒律を授けても効果があまりない。では人間はどうかといえば、人間の場合を考えてみても、閻浮提以外の北倶盧洲などの他の三州に住んでいる人間たちは、この閻浮提よりも遥かに豊かであり、それほど知性を凝らす必要もないので、彼らがさまざまなことを考えて、この輪廻から解脱しなければならない、という気持ちになりにくいのである。それに対していま私たちが住んでいるこの閻浮提というのは、他の人間が住んでいる場所よりも圧倒的に享受しているものに欠乏があり、寿命も決まっていないしほかの場所よりも平均的に短命であり、圧倒的に貧しい場所である。しかしその貧しさ故か、この閻浮提の人間はほかの場所の人間よりも知性が優れた者がより多くいて、輪廻の苦海のなかで繁栄することよりも、本気で解脱を目指そうと思いやすい環境にあり、この閻浮提は業の結果がほかよりも短期間で現実化することも多く、人生の前半で成し遂げたことが人生の後半に実を結ぶことすら多くみられる。さらに閻浮提の東には文殊菩薩の聖地である五台山があり、南には観音菩薩の聖地である補陀落があり、西には荼枳尼天の聖地であるウッディヤーナがあり、北方には金剛手をはじめとする八大菩薩が王を務めているシャンバラ王国が存在している。しかるに閻浮提の中心であるインドで仏法を説けば、顕教も密教も両方とも長く伝承されることになり、人々によって長く実践されることになる。しかるにまず神々と人間のなかでは人間、人間の住処のなかでは閻浮提へと降下することが最も効果的であると考えられ、その選択が正しいものであることを確認された。これがまずは場所の選択である。

次に人間のなかにもさまざまな種族がいるが、基本的に諸仏が地上で最勝化身を化現して法を説く時には、婆羅門か王族かのどちらかに生まれて説法しなくてはならない。これは何故かというと婆羅門や王族は生まれたその時から莫大な資産をもっており、人々から一目置かれている存在であり、そのすべての資産を放棄して、そのようなものは必要ない、人種差別や身分差別などはしてはならない、と説けば、人がその話に耳を傾けてくれる可能性が高いからである。そうではなく一般の市民であったり、奴隷や乞食に生まれたり、差別を受けている側の種族に生まれるのならば、社会的に地位の低い者が私利私欲のために地位の向上をもとめて教えを説いているのではないか、という猜疑心を生みだし、そのことによって仏法が粗末に扱われ、衆生を利益するのではなく、却って罪業を積ませることになるので、婆羅門や王族のどちらかに生まれて説法をしなくてはならないのである。しかし当時のインドでは、六師外道の教えが普及しており、婆羅門に生まれるよりも王族に生まれる方が相応しいし効果も高いと思い、その時は王族に生まれることとされた。

では王族のなかにも成り上がりの者もいるし、正しく王家が続いていない家系もある。そもそも閻浮提の人間の最初は神が化身を生み出して化生した人間であり、いまの人間のように固形物を食べなくても歓喜を享受して食欲を満たしており、身体も発光しており、お互いに争うこともなく、人間同志が互いを性欲の対象として看做すこともなく、虚言を述べる必要もなく、清らかな心で暮らしていた。しかしながら次第に甘露を飲んで生活するようになり、さらに時が衰退していくとサトウキビを食べて暮らすようになり、それが原因で身体は発光しなくなり、体重が増加し、便を排泄するための男根と女陰ができ、その接触によって快楽を感じるようになり、煩悩はさらに増加してさらに堕落していった。その後人間が堕落していくにしたがって、それまで自然に生えていたサトウキビは生えなくなってしまい、農作業をして収穫しなければ食物を得ることができなくなり、今度は、こちらは私の農地であり、そちらはあなたの農地であるといった争い事ができ、与えられてもいないのに搾取してしまう盗みというものができ、自分の食料をより多く得ようとするために虚言を述べるようになり、人間社会は大変退廃していって困ったということで、この閻浮提全体を統治して公平に争いごとを解決するための特別な存在、すなわち王というものが必要となり、すべての人間に請願され、閻浮提の最初の王として太陽神スールヤと創造神ヴィシュヴァカルマンの孫、マヌの息子であるイーシュヴァーク王(甘蔗王)が民主的に選ばれた指導者として閻浮提の最初の王となり、その後この家系は途絶えることなく正統性が継続しているシャーキャ族のカピラヴァストゥ城の城主であり、初代イーシュヴァーク王とその人徳と威光が等しいシュッドーダナ王(浄飯王)まで続いており、この釈迦族に生まれることが最も効果的であると考えられ、その選択が正しいものであることを確認された。これが家系の選択と考察である。

またシュッドーダナ王(浄飯王)にも多くの妃がいたがその中でも、過去世において自分はいつかブッダとなる子を身篭りたいと祈願を立て、王家の長女として生まれ、神々が作り出した女性のように絶世の美しい女性であり、その事から「美しく大いなる幻」(マハーマーヤー・摩耶)と呼ばれる妃がいて、通常の女性のような性格をはるかに凌駕する素晴らしい人格をもっており、同時にマハーマーヤーの実の妹もシュッドーダナ王に嫁いでいたが、兜率天からシュヴェータケートゥはマハーマーヤーの息子として生まれることが最も適切である、と考えられ、その選択が正しいものであることを確認された。これが母の選択と考察である。

以上のような五つの選択肢の選択とその観察をされた後、シュヴェータケートゥは兜率宮殿での説法を弥勒菩薩へと託されて受胎へと進んでいくのであるが、弥勒菩薩への任務の交代については以前も弥勒讃についての記事のなかで紹介したので、今回ここでは省略しておこう。

(釈尊が弥勒仏を後継者として選んで兜率天を離れる時のエピソードはこちらをご覧ください。)

兜率天からこの世界へと向かわれる釈尊の地上に出現される前の様子は、釈尊がこの地上に必要な必要なことを必要な場所で必要な姿で誕生してこられ、それには理由があったということを物語るものである。そのすべてのエピソードに共通しているのは、衆生を利益する利他行を最大限行えるのかどうか、という視点であり、このことは私たちが釈尊の降誕の月である、サカダワ月が如何に特別な時であるのか、ということを教えてくれるものである。そのことを思いつつ、明日は摩耶夫人の受胎について紹介したい。

釈尊は兜率天を出立して白い象の姿で摩耶夫人の母胎へと向かわれた

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