2021.05.14
སྟོན་པའི་མཛད་རྣམ་སྙིང་བསྡུས།

釈尊は如何にブッダとなったのか

サカダワ大祭・仏伝の紹介:第3話 現等覚する
訳・文:野村正次郎

現在賢劫に地上に降臨される如来のなかで、四番目に来られたのが釈尊で、その前任者は迦葉仏である。五番目に降臨されるのは弥勒仏であるが、これらすべての如来はこの地上、すなわち閻浮提へと降臨される直前は、欲界の兜率天の宮殿で神々に説法をされている。三阿僧祇劫の最後に釈尊は迦葉仏に師事し三十二相八十種好を具足した成仏直前の菩薩となり、兜率天へと転生し兜率天の神々に対して前任者の迦葉仏の代わりに説法をし、説法すべき弟子がいなくなりその任務を終えた時、閻浮提へ降臨して釈迦族の王浄飯王の妃である摩耶夫人へと受胎し、ルンビニーの地に降誕し、シッダールタ王子としてヤショーダラーをはじめとする数千人の妃に囲まれ、神々たちに請われて仏塔の麓にて自ら剃髪出家し、ネーランジャラー河のほとりで六年間の苦行をされた後に、身体が金色に光り輝く乞食の行者となり、菩提樹の麓の金剛座において、魔の軍隊を退去させ、第四静慮の根本定にもとづいて加行道を究竟し、金剛喩定によって三毒の煩悩とその種子のすべてを断じてもはや何も学ぶべきものがない無学道を得た、すなわち現等覚されたのである。その後、49日後に梵天の勧請があったことによりヴァーラーナシーの鹿野園にて四諦法輪を転じて以来、クシナガルで最後の弟子に説法をされた後、無余依涅槃へと入られたのである。このうち魔の軍隊を退去させ加行道を究竟し終わるまでが凡夫としての釈尊であり、その後は聖者であり、現等覚された後は如来としての活動である、というのがすべての衆生が共通に経験することができた釈尊の成道とその後涅槃までの行状であり、部派仏教の学派、すなわち小乗仏教の伝説では、釈尊が現等覚されたのは、菩提樹の麓の金剛座において、釈尊御歳35歳の時である、とし『律』や『倶舎論』ではこの立場をとる。

これに対して大乗の伝統は、釈尊が成道したのは、閻浮提に降誕される前であり、釈尊の成道の瞬間と閻浮提への転生の瞬間は同時であると考えるので、釈尊は兜率天に居られる時も、インドに誕生された時も、そして菩提樹の麓の金剛座において成道した時も、既に現等覚し終えている状態であると考えている。『ラリタビスタラ』や『ブッダチャリタ』や多くの大乗経典や大乗の論書はこの立場であり、そもそもインドに降誕された時には既に成道された後である、すなわち既にブッダとなった後にこの世に降臨したと考えるのが標準的な解釈である。

ブッダの精神と身体のことを法身と色身というが、法身とは煩悩を断じて真実を証解したブッダの智慧とその智慧が理解しているもののことであり、具体的には真如と一切相智のことであり、これは我々のもつ精神が先鋭化し進化した結果として実現できる仏の境地である。これに対して仏の身体のことを色身といい、自利法身・利他色身と呼ばれるように色身はブッダが利他の活動を行うために実現したものである。この利他色身には二種類あり、三阿僧祇劫の資糧の積集の結果享受している身体を受用身(報身)といい、この受用身から利他の活動のために分身を出したものが変化身(応身・化身)といっている。大乗の伝統では、仏身には法身・報身・応身の三身があり、法身には自性法身(真如)・智慧法身(一切相智)の二つがあり、自性身には自性清浄身・離垢自性身の二つがあるとしているが、小乗の伝統では、報身の存在を説いている大乗経典はそもそも仏説ではない、とするのが主流であるので、受用身/報身仏は認めていないが大乗の伝統では、ブッダは三阿僧祇劫の資糧の積集の後に最後の瞬間に三身を同時に実現して現等覚すると考えるので、大乗の伝統の釈尊の成道を考える時には、受用身と変化身とを同時に実現したということを考えなくてはならない。

受用身とは、大乗の法を完全に享受している状態の究極の色身であり、その特徴としては処・法・衆・身・時の五つが確定しているというものがある。

まず処に関する決定とは、受用身の如来の住処はすべて色究竟密厳浄土に決まっているということである。この色究竟密厳浄土とは通常の声聞や独覚が転生することができる色界の第十七番目ではなく、その更に上の第十八番目の色究竟密厳浄土という場所があり、すべての如来はこの場所で現等覚してそのままこの色究竟密厳浄土に留まっているとされている。ここにはブッダになるために資糧を積集した第十地の菩薩も存在し、第十地の菩薩と受用身をもつ報身仏の身体的な姿は全く同じであるが、心のなかで所知障を断じて成道しているかどうかの違いがあることで菩薩なのか仏なのかという違いがあるが、外側からは見てもその違いは分からないとされている。

法に関する決定とは、この受用身の如来たちは大乗の法だけを説いていることが確定しているということであり、衆に関する決定とは、この如来たちを取り囲んでいるのは大乗の聖者のみであり、つまり如来と出世間の菩薩のみしかそこにはいないということである。身に関する決定とは、この色究竟密厳浄土に住する者は菩薩であれ如来であれ、必ず三十二相八十種好を具足した身体をもっているということであり、時に関する決定とは、この受用身の如来たちは世界に衆生が存在する限り、決して涅槃の相を見せることがない、つまり永遠に説法しつづけている存在にほかならない、ということである。これらは大乗の伝承でブッダになった瞬間に得られている特徴であり、大乗の伝承では成仏するためには必ず色究竟密厳浄土で成仏しなければならないというのが標準的な学説である。第十地の菩薩が現等覚をし、受用身を実現する時には同時に法身と変化身(応身・化身)を実現しており、現等覚の瞬間に受用身だけを実現するわけではないので、大乗の伝統では成道の瞬間から変化身が実現していると考えなくてはならない。

変化身(応身・化身)とは、過去の祈願や如来の意思によって弟子となる衆生を利益するため、教化するため、解脱させるため、という目的や必要性によって、物や衆生などとして分身を化現した色身のことである。たとえば、現等覚したその瞬間から橋が必要なものには橋となったり、水が必要なものには水となったり、火が必要な者には火となったり、物質にも変化することができるし、兎の姿になることもできるし、龍の姿になることもできるし、美しい琵琶を奏でる天女になることもできるが、それはすべて同時刻に別の場所に無限に化現することができるが、それらの本体は色究竟密厳浄土に住す受用身の如来と同一人物というか同一如来の分身にすぎない。

化身のなかでも最高のもの、つまり最勝化身とは、閻浮提へ人間の姿で降臨して、実際にブッダになるなり方のお手本を弟子たちに見せ、説法をする者のことであり、私たちにいまから二千五百年前にインドに誕生されて仏教を説かれた釈尊は、この最勝化身であるが、釈尊のこの閻浮提で行われたすべてのことは、本体の受用身は色究竟密厳浄土におられるのであり、涅槃されてこの地上から不在になったようにも見えるが、それはあくまでも化身の示現を一般の人々には見えなくなされただけなのであって、説法をしなくなったわけではないし、衆生のための利他の活動を停止したわけではない、とするのが大乗の伝統である。

如来たちの化身は無限に無数の場所に化現できるのであり、大変有名な話では釈尊は北インドの王舎城の霊鷲山で般若経を説かれながら、それと同じ時刻に南インドのダーニヤカタカで金剛手の姿をされて密教の怛特羅を説かれたといわれているが、このようなことが可能なのは、利他行をなさんとする意思と祈願によるものなのである。

以上釈尊がはじめて菩提心を起こした後、三阿僧祇劫資糧を積集して現等覚されるところまでこの三日間みてきたが、通常私たち大乗仏教徒が釈尊伝として考えているものは、この現等覚の後のものであり、それは現等覚された瞬間から実現した最勝化身の逸話ということになる。それはまずは迦葉仏の代わりに兜率天におられる時のエピソードからはじまるが、それについては明日にしよう。

ラサのジョウォ釈迦牟尼像などの五仏の宝冠を被った姿は受用身の姿を模したものである。

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