2021.05.13
སྟོན་པའི་མཛད་རྣམ་སྙིང་བསྡུས།

釈尊はどのくらいの期間修行をしたのか

サカダワ大祭・仏伝の紹介:第2話 二資糧をいかに積集したのか
訳・文:野村正次郎

釈尊が、すべての衆生を苦しみから解放するために、仏の境地を実現しようと決意した、釈尊の最初の発心がどのように起こったのか、ということを前回は簡単に見たが、その時からいま私たちが学んでいる仏教を説かれた釈尊がインドに2500年前に降臨するまでは、非常に長い時間が経過している、ということをまずは理解しなければ、釈尊の伝記を正しく理解することができない。しかしながら残念なことに釈尊がインドに生まれて来られるまでどのように過ごされていたのか、ということを日本ではあまり知られてない。というのも、学校教育などではもちろん輪廻転生は教えていないし、宇宙もいま我々が過ごしている宇宙以外に存在しているといった説を学校でも教えないからである。さらに仏教学者のなかにも輪廻転生というものを伝統的な文脈で理解しようとしている者が決して多い訳ではなく、西欧的な唯物史観に基づいて、インドの古代の宗教や仏教で説かれている歴史観を理解することは不可能であるからである。まずはこの問題について簡潔にみていこう。

釈尊がかつて王だったのか、地獄の衆生だったのか、どの時点ではじめて菩提心を起こされたのか、ということについて、釈尊ご自身も弟子たちに様々な説明をされているが、この最初に菩提心を起こされてから釈尊がブッダになられるまでの修行期間がどのくらいの時間が経過しているのか、ということについても様々な説明をされてきた。

しかし部派仏教の伝承であれ、大乗仏教の伝承であれ、「三阿僧祇劫」というのが釈尊の修行期間に関する定説であり、その異説としては七阿僧祇劫、十阿僧祇劫、三十三阿僧祇劫というより長い期間であったとする説もあるが、「三阿僧祇劫」以下ではない。しかるに菩提心を起こした後に、釈尊が修行をされた期間とは「三阿僧祇劫以上」としなくてはならないのであって、菩提心を起こしてすぐにブッダになったとする説は皆無であり、2500年前にルンビニーで誕生され36歳にブッダガヤで成道されるまで出家後10年以内にさとりを開かれたと考える者は、これまでの仏教の歴史のなかでは誰もいない。

たとえば説一切有部や上座部などの伝統では、釈尊が菩薩からブッダになったのは、菩提樹のもとで成道なされた時であるとし、成道される前の夜までは資糧道の菩薩であり釈尊は凡夫であったとしているが、資糧道の菩薩となったのがルンビニーで誕生された後からであるとはどの部派も認めていない。前述の逸話にもあったように太古の昔に発心されているとしているのでブッダになるまでの修行期間を「三阿僧祇劫以下」とする説は、部派仏教の伝統的でも全く認められないし、そもそもブッダになるのに必要な時間がそんなに短いとすることは科学的にも歴史的にも極めて不合理な考え方であると言わざるを得ない。

現代の科学ではこの宇宙のはじまりをビッグバンとして138億年前くらいと算出しているが、これは三阿僧祇劫に比べると実に短時間であり、「三阿僧祇劫」とは10の52乗や60乗程度とされる1阿僧祇の3倍の一劫で、一劫は一番短い計算の仕方でも43億年くらいであり、「最低でも三阿僧祇劫以上」というのはいまからビッグバンまでを3劫以下とすれば、そのさらに10の60乗倍の時間がかかっているということになる。

阿僧祇や劫などはあくまでも数や時間の単位であるが、そもそも数が大きくなるに従って、私たち人間では段々数えられなくなり、数えていても、いまどこまで数えたかも途中で忘れてしまうので、巨大な数字や時間の単位は実際には諸説があるということになるとも仏典では説かれているのである。銀河系の歴史などはせいぜい100憶年ほどであり、地球の歴史もせいぜい50億年にも満たないものであるが、ビッグバンよりも10の60乗倍も前となると、かなり昔ということくらいしか言いようがないことも確かである。

またもうひとつ釈尊の修行期間を考える上で重要なことは、「ブッダ」というのは固有名詞ではなく一般名詞であり、「ブッダ」は釈尊以外にも無限の数存在しており、釈尊が発心された以前にも既に無限の過去から無限の数のブッダが存在している、ということを理解する必要がある。「ブッダ」と呼ばれる存在が、釈尊が発心した時に既に居たことは明らかであり、もしもそのようなブッダがいなければ、いくら釈尊が慈悲深かろうとも、心と体の両方を完全に統御することができているブッダという存在がいるという話を耳にしようもないし、釈尊もブッダになりたいなどと思うこともできないので、菩提心を起こすこともできない、ということになる。この原理は、すべての生物が無限の過去から無数に存在し、生物がまったく存在しない時や場所というものがあり得ないのと同じ原理であり、衆生もブッダも無始以来の過去から、そして未来永劫あらゆる時にあらゆる場所に存在し続けるのは、物質の存在と同じ原理であり、反物質が物質であるように、ブッダもまた衆生と対比的な存在であるが、物質である身体と物質ではない精神が結合している状態であることには変わらないのであり、諸仏や如来たちは、業と煩悩によって輪廻転生している衆生や有情ではないし、無我を現観した聖者の位を実現するまで、無数の回数転生しながらブッダになるための修行を継続していかなければならないのは、部派仏教の伝統であれ、大乗仏教の伝統であれ変わらないからである。

以上をまとめるとまずは、

  1. 釈尊のブッダになる修行というのは、釈尊がインドに生まれるはるか昔から三阿僧祇劫以上の時間継続してきたものである。
  2. それはいま私たちが住んでいるこの地球や宇宙が成立する前から継続してきたものであり、釈尊以外にも無限の過去から無数のブッダは存在している。
  3. 釈尊もブッダになりたいと思い、過去に存在した様々なブッダの教えを聞いて、三阿僧祇劫という長期間転生を繰り返しながらの修行をした。

ということになる。その上で、

  • 修行の最終的な完成が間近になった最後の時点で兜率天からインドに誕生されて、菩提樹の下でブッダになられた

と考えているのが部派仏教の伝統的な解釈であり、これに対して、大乗仏教の伝統的な解釈では、

  • インドに誕生される以前に既に修行を完成されて成道した後に、ただちに兜率天での説法を開始した。

と考えるのが大乗仏教の解釈であり、前者は兜率天で三十二相八十種好を具足したシュヴェータケートゥは菩薩聖者であり、その後ブッダガヤで成道したとするが、後者は兜率天で説法していたシュヴェータケートゥは成道道の仏聖者であるという点で異なっているが、それ以前の三阿僧祇劫以上の時間転生を繰り返し修行してきたことも同じであり、兜率天からいまのこの我々が住んでいる閻浮提へ降臨したのも同じであるということになる。

それでは以上のような前提の上で、釈尊は初発心以降三阿僧祇劫以上の長きに渡って、どのような二資糧を積集してブッダになったのか、ということを簡潔に述べておこう。

まず大乗・小乗に共通しているのは、その期間が三阿僧祇劫以上ということが定数となっているということである。またこの釈尊の修行期間に釈尊は様々な転生を繰り返し、菩薩としての所行をひとつひとつ実践していったということも共通した逸話として理解される。釈尊の菩薩としての修行時代の逸話を釈尊自身は後に回想して弟子たちに語っているが、それらは「本生譚」(ジャータカ)と呼ばれる様々な物語としていまもひろく仏教国で普及している釈尊の前世の物語である。本生譚の多くは、アヴァダーナ(譬喩経)として分類される多くの経典に収録されており、これは仏教説話文学として取り扱われることもあるものである。「本生譚」のなかでもっとも有名なものは、アールヤシューラの表した『本生蔓』であり、これは多くのジャータカのなかでも有名な三十四の逸話をまとめたものであり、釈尊が過去世において、どのように六波羅蜜や四摂事を実現していったのか、ということについて具体的な逸話が残されていて大変有名なものである。釈尊が三阿僧祇劫以上の長きに渡ってどのように修行をしていったのか、ということの具体的なエピソードは、それらの書物を紐解けば理解できるので、ここでは触れないが、大乗・清浄に共通している釈尊の修行時代の逸話としては、『律分別』や『倶舎論』にも示される、初発心の後の最初の一阿僧祇劫は大釈迦牟尼如来にはじまり七万五千如来に師事して修行し、その後七万六千如来に師事し第二阿僧祇劫を全うし、その後、燃灯仏から迦葉仏に到るまでの七万七千如来に師事し、三十二相八十種好を具足したシュヴェータケートゥとして兜率天に転生するまで修行をしたと言われ、兜率天に転生する前に、多くの如来に師事して如来を供養し、聞思修をしながら六波羅蜜のすべてを完成したとするのが大乗・小乗に共通した釈尊の修行時代のエピソードということになり、これらは『根本説一切有部毘奈耶』や『倶舎論』にも日本にも伝わっているはずであるが、今日釈尊が降誕する以前に三阿僧祇劫、資糧を積集し合計二十二万八千如来に師事して供養したということは、極めて重要なことなので、今後もこの話は受け継いで行くべきものではないかと思われてならない。

大乗の伝承では、釈尊の修行時代には、仏の精神すなわち法身の原因となる智慧資糧と仏の身体すなわち色身の原因となる福徳資糧との二資糧を積集したということがより強調され、資糧と呼ばれる、継続して繰り返し修習することによって繰り返し実現する善根を本質とするものを世代を超えて積集していくことによって、煩悩障を断じて解脱を実現し、所知障を断じて一切相智を実現するという方便と智慧の両翼によって仏位へと向かっていく菩薩像というものがより明確に意識されている。この菩薩行については特に般若経を中心として華厳経などで詳しく説かれるものであり、釈尊がはじめて発心して以降は菩提心を心にもち、一切法無我・空観によって特に菩薩の十地を進んで修行を完成させていくことが説かれている。

具体的に大乗の伝承では、まずははじめの阿僧祇劫の間資糧を積集したことで、布施波羅蜜を究竟した初地・歓喜地までを実現し、次の阿僧祇劫においては、離垢地・発光地・焔慧地・難勝地・現前地・第七遠行地までを実現し、その後燃灯仏に師事し、未来において釈迦牟尼如来となるだろうという授記を受けて第八地不動地を得てその後、一阿僧祇劫をかけて第九善慧地・第十法雲地と進んでいいき、最終的には色究竟密厳浄土において三十二相八十種好を具足した受用身の如来と同じ姿をした最後相続の無間道へと三昧している菩薩にいたるまでが釈尊が発心した後に成道するまでの菩薩行の修行期間ということになる。以上釈尊の修行時代が非常に長い時間かかっていることを中心に述べてきたが、このようなことを考えると仏教とはそもそもブッダになるなり方を教えるものであり、私たちは釈尊がいまからビッグバンまでの時間のさらに10の六十乗倍の時間がかかって学んできた仏になるなり方のその一部を分かりやすくわざわざ私たちに説いてくださったものであり、仏法僧という私たちが帰依しなくてはならない救済の中心である仏法とはまさにこの釈尊の修行のあり方について説かれたものにほかならない。仏法には百千万劫は逢い難しというが、その仏法は、百千万劫よりもはるかに長い、三阿僧祇劫かけて釈尊が創意工夫しながら辿ってこられた身体と精神の両方を完全に統御する方法論であり、それを釈尊は我々に対して特別な場所、特別な時を選んで教えようとしてこの地上へと降臨され、ブッダになり方を直接的に示され、そして我々を鼓舞するために涅槃の相を示されたのが、いまこのチベット暦の四月にあたる月ということになるのである。釈尊がいまから二五〇〇年前にインドに現れる前にはこのような長い歴史があり、その長い歴史を経て我々に伝えようとした釈尊の法恩を偲んで過ごすということは、すべての仏教徒にとって極めて大切なことであるだろうし、このことはいま私たちがどのような時に生きているのか、ということを改めて考え直す善い縁であると思われる。

釈尊はまだ普通の人であった時から知性のある者に不殺生などの十善を行うことの大切さを説いている

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