作成日: 2008-09-19 最終更新日: 2016-09-19 作成:野村 正次郎

【公式伝授録DVDBOX・解題】

ブッダは空性に関する三昧に入りながら、同時に説法をする。そのことばは、たったひとことであっても、すべての衆生が必要としている教えを語り、同時にすべての衆生に異なった言語で個別に語りかけている。その声は、いまだこの世の誰も聴いたことがほど美しい響きをもっており、六十の旋律よりなる変奏曲であると謂われている。この音楽はいまもなおこの世あらゆる場所に確実に存在するのであり、それを聴くことは決して不可能なことではないとされている。

残念ながら我々はいま通常このような究極の音楽を聴くことができない。我々の心は、虚栄心、物質欲、利己主義などの煩悩によって汚れ、この究極のライブ演奏を聴く環境にはないからである。いまから2500年前の聖地インドでは誰もがその謦咳に接することができたとされるこの音楽は、いまそれを直接聴くことのできないものとなってしまった。そんな今の時代に生きる我々の耳にブッダたちの言葉を届けてくれるのは、慈悲心によって舞い降りてきたブッダたちの代弁者たるラマたちなのである。

どんな素晴らしい名曲も演奏家の腕次第にかかっているように、いまの時代にブッダの教えを聴こうとするのならば、私たちは伝統のなかに生きて育ってきた熟練工の技が必要となる。同時に奏でられた音に熱心に耳を傾ける聴衆がいてはじめて「楽興の場」は成立するように、ブッダたちの代弁者たるラマたちの説法会も聴衆がいてはじめて成立する。

本コンテンツはチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ十四世ジェツン・ジャンペル・ガワン・ロサン・イシ・テンジン・ギャツォ法王が、弘法大師空海が日本に両界曼荼羅の法を伝えて1200年目を記念する年、2006年の11月1日-8日に、世界最初の被爆都市、広島にある、弘法大師が開創し千二百年祭を迎えた弥山・大本山大聖院を拠所に行われた八日間の伝法会「ダライ・ラマ法王Teaching 2006 in 広島」を再生可能な形で保存した伝授録である。古典音楽の演奏会にたとえるのならば、これはダライ・ラマ法王十四世という熟練した名演奏家が、日本に密教を伝えた1200年を記念して、特別に日本人の聴衆のために、平和の象徴都市である広島という地で歴史的なライブ演奏を行なったものの記録である。

これまで日本でもダライ・ラマ法王に関する書籍も多く出版されてきたが、その殆どがダライ・ラマ法王自身の直接的なことばではなく、後から別の人間によって編集されたものである。そもそもダライ・ラマ法王の説法は、我々のような凡夫に翻訳できるようなものではない。ダライ・ラマ法王というこの名匠は、身振り、手振りを多用し、伝統的な格調高い仏教用語、現代的視点による分析的レトリック、更にはあの独特な声調と笑いに包まれた何とも表現できない独特な残響音を奏でている。これらは音楽ではないけれども、希代の名演奏家の演奏のようなものである。その映像もまた、字幕というライブな文字の助けをかりて“活字”だけでは伝えられない、“生きたことば”を閉じこめたものなのである。

チベットではいまも現実に仏教がライブな形で存在している。このダライ・ラマの一連の説法のように、仏法はいまも師から弟子へと全身全霊で伝えられている。ここに我々が接することができる“ことば”は、そのような伝統の象徴、生き続ける無形の文化遺産としての「ダライ・ラマ法王」から語られたものにほかならない。彼は決してひとりの人間なのではないのであって、いまもなおヒマラヤ山脈を中心として息吹く伝統のなかで、英才教育を受け、14番目の観音菩薩の代理人として作り上げられ、間違いなくいまも六百万人のチベット人の運命を担っている、チベット高原から世界へと拡がっている大曼陀羅世界の中心に位置する大本尊でもあるのである。

我々はそんな「チベット仏教の最高指導者・ダライ・ラマ法王」を一連の行事を企画する段階から再現しようと試みてきた。いまここに予測以上の成果物を残すことができたことは、この上ない喜びであると同時に関係諸氏のあたたかいご協力の賜物にほかならない。また同時にこれらのことばを聴く人々に決して忘れて欲しくはないのは、これらの素晴らしい“ことば”がいま“反政府思想”“分裂主義”というレッテルをはられ、安っぽいイデオロギーと絶え間ない暴力で、絶滅の危機に追い込まれているという悲しき事実があるということである。これらの映像から仏の教えとは何かということを感じて欲しいのと同時に、それがいま滅ぼされつつあることも同時に理解して頂けることを願ってやまない。

本コンテンツの制作にあたっては、企画立案時より購入希望者を募り、御浄志によって無事ここに完成する日を迎えることができた。弊会サイトより初回購入予約をして頂いたすべての方へ、ここに事務局一同、心からの謝意を記し、改めて深く御礼申し上げたい。