作成日: 2015-01-16 最終更新日: 2016-09-16 作成:野村 正次郎

【人を拠り所とせず、法を拠り所とする】

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仏教の教えに「四依」(しえ)というものがあります。これは釈尊が説かれたもので『無尽慧所門経』や『菩薩地』などにも記されているもので、菩薩が拠り所とするものには四つあり、それは次のようなものであると言われています。

人に依存するべきではなく、法に依存しなさい
言葉に依存するべきではなく、意味に依存しなさい
未了義に依存するべきではなく、了義に依存しなさい
識に依存するべきではなく、智慧に依存しなさい

というものです。ゴマン学堂の教科書を書いたクンケン・ジャムヤンシェーパは、これについて非常に詳しい説明をしていますが、ここで「人」というのは、普通の凡夫である我々のような者から餓鬼・畜生といわれるよう動物から、ブッダのような「人」としては最高なる存在までのことを表していると説明しています。「法」とはその「教えとして語られたもの」のことを表しています。

この教えの内容の詳しい深い意味は、ゲシェーたちが語ってくださるので、みなさまは説法会などに参加されてそれを聞かれるといいのですが、すこし簡単に言い換えてみれば「人ではなくシステムに依存する」ということになります。これはまさに「言うは易し、行うは難し」といわざるを得ません。

たとえば、大変美味しい料理を出すレストランがあるとします。

美味しい料理をつくっているのは人間であり、それを食べているのも人間です。料理をつくる人は、食べてくれる人のために、より美味しい料理を追求して日々努力します。良質の食材を求めて奔走し、まさに「ご馳走」とは何か、ということを追求します。食べる人も日々より美味しいものを食べるためにグルメ雑誌やグルメサイトなどを念入りにチェックして予約をしてそのレストランでの食事を楽しんでいるのです。そういった全体の構造、仕組み、システムがあってはじめてミシュランガイドに掲載されるような美味しい料理屋というものが存在し得ることになります。

しかし、もっと大きな視点でみてみると、これらの仕組みは実は「人」に依存しています。美味しい料理をつくる人がいなければ、この仕組みは成り立たないし、それを味わう人がいなければいくら美味しい料理をつくる人がいても、その人は料理人としてはやっていけませんし、その料理屋も家賃や光熱費が払えなくなり、閉店せざるを得なくなるでしょう。老夫婦がふたりでやっている定食屋さんなども年齢的に包丁を握ることが難しくなり、何十年も人々の舌を魅了しつづけたお店が閉店することはよくあることです。

またいくら偉大なる政治家や王様が出現して素晴らしい政治を行ったとしても、その政治家や王様はあくまでも「人」ですので、次の政治家や王様がひどい人間であれば、「素晴らしい時代」が終わってしまいます。世界的な優良企業を会社を一代で築き上げた起業家が健康を害して死んでしまい、その企業をその起業家に代わって導いていく「人」がいなければ、その企業の社会的な地位というものはいずれは失われていくものなのです。

また偉大なる芸術家が素晴らしい芸術作品をつくったとしても、その芸術家がいなくなれば、ふたたびの芸術作品を楽しむことはできなくなってしまいます。だからこそ私たちは美術館や博物館が必要となるわけです。

このようなことからもわかるように私たち「人」というものは有限な存在です。我々がこの地上に存在し得る時というものは大変短く、私たちがこの大変短い時間のなかで出会える「人」の数もまた有限なのです。

我々の会の創始者であるケンスル・リンポチェが他界され、ダライ・ラマ法王に相談にいったとき、「仏教というものはひとりの人間が一世代でするものではありません」「仏教というのは特定の民族がするものではありません」とおっしゃいました。チベットと日本の仏教を通じた交流活動というのは先代のダライ・ラマ法王13世の時代から続いてきたものであり、そこには多くの人が関わり、世代を超えて伝わってきたものなのです。だからこそ最初はケンスル・リンポチェを囲む小さな勉強会からスタートした私たちの会も、「ゴマン学堂の人たちが直接運営し、何百年も継続していけるようにしなさい」という大変厳しいアドバイスをいただきました。

さまざまのご縁があり、2006年、2010年とこれまで二回私たちの会ではダライ・ラマ法王を迎えた行事を行うことができました。最初の年には、私たちが本拠地とする広島の地で、日本ではじめてのダライ・ラマ法王による密教の伝授会を行うことができました。今年の4月5日には、ふたたびダライ・ラマ法王を迎え、今回は東京で「GOMANG ACADEMY OPEN SYMPOSIUM 2015」という公開学術会議を行うこととなりました。

詳細についてはこれから徐々に記していきたいと思いますが、今後数十年、数百年のチベット・日本の仏教を通じた交流活動の方向性を決定するような行事となるようにしたいと思います。

だからこそこの行事のテーマを「伝法の未来を考える」とさせていただきたいと思います。