2019.05.12
རྡུལ་སྤང་དྲི་མ་སྤང་

塵を払わん、垢を除かん

ゴペル・リンポチェ春季講習会より
野村正次郎
Buddhist monks in red robes are cleaning Rongwo monastery, Tongren County, Longwu, China
道次第の加行六法の第一は、「相応しい居室を清掃する」ということであり、前回は「相応しい居室」というのが如何なるものなのかということを見た。それに続けて正しい清掃作法について道次第の加行六法の解説で述べられることをまとめておこう。

先日のリンポチェの講習会で使われたラワ・ゲシェー・ゲレク・ギャツォによる『加行法甚深指南妙善降雨』によれば、清掃については次のようにまとめられている。

清掃の動機づけ

「私は一切衆生のために、正等覚の境地を得なければならない。そのために菩提道次第を修習しなければならない。そのためには、この部屋を清掃した上で、そこの帰依処を観想しなければならない」というものを考えなければならない。

清掃中の観想法
  • 掃除道具である箒等は無我を理解する智慧である。
  • 汚れは自他の一切衆生の心にある罪障そのものである
  • 「塵を払わん、垢を除かん」(我払塵。我除垢。)と述べる
清掃の後で

自他の一切衆生の心にある罪障は浄化された、とよく信解しなくてはならない。

掃除の五つの功徳
  1. 自分の心は浄化され公平なものとなる
  2. 他者の心も浄化されて公平なものとなる
  3. 善を喜ぶ神々たちが歓喜する
  4. 美しくなる業を積む
  5. 来世で浄土に生まれる
「塵を払わん、垢を除かん」と周梨槃特

「塵を払わん、垢を払わん」(rajo harāmi, malaṃ harāmi, རྡུལ་སྤང་ངོ་། དྲི་མ་སྤང་ངོ་ 我払塵。我除垢)という掃除の時に唱える詩節は、現代のわかりやすい言葉にすれば、「ゴミをとろう、汚れをとろう」というたったこれだけのことである。この言葉を唱えながら、掃除をすることだけで阿羅漢果にいたることができるというのが仏教の伝統的な掃除の作法であるということになる。

釈尊が掃除の時の詩節として、周利槃特しゅりはんどく(Cūḍapanthaka チューダ・パンタカ、小路)に教えたものである。周梨槃特は釈尊の上座部の弟子である十六羅漢のひとりである。

Image: Himalayas Art Resources

周梨槃特は両手は禅定印を結んで描かれ、固い禅定に住している羅漢として描かれる。日本でも「愚かなパンタカ」として有名である。パンタカには賢い兄もいたが、弟である周梨槃特は、釈尊に草履を掃除しながら阿羅漢果に至るまでの物語については、ヨンジン・ティジャン・リンポチェも紹介しているが、近年では関稔氏がDivyāvadāna Ch.35と『根本説一切有部毘那耶』を対照して以下の二つの和訳を発表されているので、それを参照されたい。

周梨槃特の物語は、ひろく仏教国で伝えられ、現在のチベットでも老人たちが「塵を払わん、垢を除かん」といって掃除をしている光景は一般的である。

居室を掃除をするということは、実に簡単なことである。しかしその掃除のひとときも無我へと思いを寄せ、ゴミや汚れを貪瞋痴の三毒を代表する煩悩であると観想しながら掃除をすることを繰り返すのならば、最終的には阿羅漢果を得れるということである。