2019.05.10

修行のための相応しい場所と部屋とはどのようにあるべきなのか

解脱を求めるのに相応しい住まい
野村正次郎

いよいよ令和の時代がはじまった。先日の大型連休では、菩提道次第論の加行法についての解説が高輪で行われ、連休中にも関わらず、いつものメンバーが参加して下さった。

加行六法の最初は「適切な居室を清掃する」というところからはじまるが、この部分はテキストにないので、その際にリンポチェから紹介された「修行をするのに適切な場所とは何か」ということについて若干補足しながら書き留めておきたい。

菩提道次第の観想の加行、すなわち充備段階の修行を行うためには、まずは最初に適切な場所にある適切な部屋を清掃することからはじまる。日本人の我々であれば、いわゆる仏間を綺麗にするというところからはじまるわけだ。

加行法のテキストでは、『大乗荘厳経論』を引用して、それは説明されているが、その『大乗荘厳経論』ではまず次のように述べられている。

賢者の成就の場とは、善きものがあり、場所がよく、土地もよく、善き友がおり、瑜伽行が為し易い場所である。

『大乗荘厳経論』XIII k.7

まず、「善く得られる」(易於獲得)という部分であるが、これは法衣や托鉢によって食物が得られるといった、生活必需品が用意に得られるということを意味している。今日の日本では、コンビニエンス・ストアなども発展しているので、まずは私たちがいる場所はこの条件を備えているということができる。

次に「良き場所」(処所賢善)ということであるが、これは泥棒や野獣によって脅かされるといった恐怖がない場所のことを指している。修行者に敵対するものが住んでいて、攻めてこられる恐れがある場所はあまり適切ではないということになる。

さらに「良き土地」(地上賢善)というのは、その場所にいるだけで身体が伝染病にかかってしまったりしないような場所であるということを意味している。たとえば毒ガスが充満しているような場所では修行できないということである。

さらに「友も善く」(伴友賢善)というのは、戒律や思想などを共にする友がいるということであり、具体的には、説法をしてくれる先生がいるとか、経典があるとか、教義上疑問点がある場合に、その疑問的を解決してくれるような友がいるということである。つまり身近に仏教をきちんと教えてくれるような人がいる場所が、適切な場所ということになる。

「瑜伽行が為し易い場所」(具善妙相)というのは、日中は人が多くいるわけでもなく、夜は静かであるという点で、快適な座を継続できるということである。

以上の5つの条件を備えた場所が「適切な場所」と呼ばれている。この同じ内容はジェ・ツォンカパ は『菩提道次第小論』で次のように述べている。

まず「相応しい場所に住する」というのは、五つの利点を有する場所のことである。これはつまり、衣食などが難なく獲得できて、「必需品が得易い」ということ、猛獣などの獰猛な生物や敵対者等がいない「よい場所であること」、疫病が流行らない土地であり「よい土地であること」、戒律と見解を共にする共を有し「善き友をもっている」ということ、昼に人が多くなく夜は静かであるという「善いものがあるところ」ということである。

この記述は「止の資糧による」という奢摩他を学ぶ箇所の科目でも説かれている。このような場所にある部屋としては、部屋のサイズは行・住・座・臥ができる程度の広さが必要であると説かれている。

ゴペル・リンポチェによれば、行住座臥ができるというのは、ある程度立って歩けるくらいのスペースが必要であり、チベットではよく非常にせまく、横になって寝れないような行者の洞窟のようものを作る習慣があるが、それはすこし狭過ぎるとのことであった。行住座臥の行とは歩くということであり、多少歩き回れる程度のスペースがあった方がいいということである。

ダライ・ラマ法王の居室
ゴマン学堂の標準的な僧侶の部屋(ベッドと机と書棚)
仏壇がついた部屋もある