2026.02.12

2026年2月9日(月)早朝、ダライ・ラマ法王猊下は60日程の御行幸のご予定をすべて無事に終えられ、デプン・ゴマン学堂新問答法苑を御出立なされました。

2026年2月9日(月)早朝、本山デプン・ゴマン学堂に昨年12月12日より約2ヶ月間御行幸されていたダライ・ラマ法王猊下ご一行は、本山問答法苑でのすべてのご予定が成満され、フブリからデリーを経由してダラムサラへと戻られるために、8,000名の参拝者が見送られるなか、無事に出発されましたので、ご報告申し上げます。

このたびのダライ・ラマ法王猊下の御滞在は、これまでになく大変長期に亘ったもので、昨年12月12日より2026年2月8日(月)までにダライ・ラマ法王猊下の一般謁見された方は、ノーベル平和賞受賞者レイマ・ボウイ女史(2011年・リベリア)をはじめ、インド人2,585名、外国人1,480名、チベット人・ヒマラヤ地域住民12,193名の総勢16,258名となりました。

それ以外には、12月12日の奉迎式、ジェ・ツォンカパ大師遠忌法要、デプン座主就任式、2回の具足戒授戒会、冬季問答大会御観覧、ガンデン僧院・難民居留区住民による永住祈願法要、兄君故ギャロ・トンドゥプ前大臣一周忌法要などの各種行事が本山問答法苑および近隣僧院施設で開催され、その参加者は延べ81,495名となりました。

またこの度ダライ・ラマ法王猊下がデプン座主にご就任されたことに伴い、デプン・ゴマン学堂では、現在の僧籍名簿に法王猊下のご芳名を追加させて頂くべく奏上したところ、ご快諾いただき、正式にデプン・ゴマン学堂の僧籍名簿へと追加させて頂きました。

ダライ・ラマ法王は、16世紀のダライ・ラマ2世ゲンドゥン・ギャツォの時代から、チベットの首都ラサのデプン大僧院内のデプン・ガンデン・ポタンでデプン座主としてご活躍され、ダライ・ラマ5世の時代1659年頃、新築されたポタラ宮殿に引っ越された後も、歴代ダライ・ラマ法王のデプン大僧院内の御座所ガンデン・ポタンは、1959年に14世法王猊下がインドに亡命されるまで使用されてきました。その後、通常は北インド・ヒマチャール州のダラムサラに現在の宮殿にダライ・ラマ法王猊下は常時いらっしゃることは既に周知の通りです。

これまで既にデプン大僧院大集会殿(ツォクチェン)最上階・両学堂の集会殿(ドゥカン)ならびに付近に法王猊下専用の御寝所は御座いましたが、法王猊下ならびにガンデン・ポタン財団の侍従や関係諸氏が御滞在なさるには、若干手狭であり、セキュリティ上も適切とは言い難い部分もございました。また新たにデプン大僧院が位置する第二ラマ・キャンプ近隣には、新たにガンデン・ポタンを新規に建立するための用地も物理的に不足していることも事実です。

このような状況の中、今後ダライ・ラマ法王猊下がいつでもこのたびの御行幸と同じく、仏法興隆ならびに衆生利益のための菩薩行をお示し頂き、静かにお過ごし頂けるために、この度の御滞在になられていた現在の新問答法苑ならびに法王宮のすべてを、デプン・ゴマン学堂僧衆一同の総意により、法王猊下に献上させて頂きましたことをご報告申し上げます。

またデプン・ゴマン学堂では、ダライ・ラマ法王猊下の御行幸に合わせ、新問答法苑を日々右繞巡回参拝するための歩行路(リンコル)を整備したこともあり、毎日早朝から深夜まで法王猊下を右繞巡拝される方も途絶えることがありませんでした。また近隣住民の有志一同が発願し、早朝の巡拝者のために朝食接待の席が設置されるなど、大変多くの方々の積善浄罪のための素晴らしい機会となりました。

このようなご報告をさせて頂けることは、日頃より様々な形でご支援いただいている関係者各位のみなさまのご浄志の賜物であり、ここに改めて随喜申し上げるとともに深く御礼申し上げます。デプン・ゴマン学堂の正式な日本支部としての弊会も、ダライ・ラマ法王猊下ご在籍の伝統僧院の公式日本支部としてその名に相応しい事業に今後とも取り組んで行きたく存じます。今後ともご高配賜りますようお願い申し上げます。


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