作成日: 2016-11-17 最終更新日: 2016-11-18 作成:事務局

【チベット問題とは伝灯の存続の問題でもある】

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2016年11月16日、ダライ・ラマ法王は新たに設立された「日本チベット国会議員連盟」の世話人たちに迎えられ、衆議院第一議員会館にて特別講演会を行われました。講演のなかでダライ・ラマ法王は、チベット問題とは世界の文化遺産である仏教の大きな伝灯が今後存続していけるかどうかの問題であるということを明確におっしゃっています。また日本人とチベット人との間で留学生の交流や仏教を通じた交流の大切さを説かれています。ご講演は英語で行われ、逐次通訳がありましたが、非公開で国会議員を対象に行われたものですので、ここに新たに訳出しておきました。(文責・訳注:野村正次郎)

平成28年11月16日 於 衆議院第一議員会館

【ダライ・ラマ法王講演】
「グローバル社会における日本・チベット」

 

尊敬すべき国会議員の兄弟、姉妹のみなさま。このような機会を得て幸甚に存じます。

まず申し上げたいのは、日本とチベットには共通した精神的伝統があるということです。私たちは仏教、そして同時に梵語仏典の伝統(大乗仏教)を共有し、先代ダライ・ラマ13世以来交流があります。先代ダライ・ラマも日本とは特に親密な関係を構築されようとなさいました(1)ダライ・ラマ13世トゥプテン・ギャツォ(1876-1933)は、1908年に中国五台山に到着し、西本願寺の大谷尊由などと面談。さらに在北京日本大使館に一週間滞在するなど日本との交流をはじめた最初のダライ・ラマである。1911年にはツァワ・ティトゥルなどの特使を日本に派遣した。その後多田等観、青木文教、矢島保治郎などと深く交流した。参考:『多田等観』春秋社、2005年。。ご存知の通りその後〔第二次大戦などの〕複雑な時代があったにせよ、いまこうして私がここに伺うことが出来たことを大変光栄に思います。

そして次に私は民主主義を尊重しています。私自身政治的責任を負うことになって以来、すぐに改革のための委員会を組織し〔民主化への〕改革をはじめましたが、様々な理由から実現できないままとなりました。その後インドへ亡命して、すぐに再度民主化に取り組み、最終的には2001年にはじめて、直接選挙によって選出された政治的指導者を登場させることができました(2)サムドンリンポチェは公選により選出された中央チベット機構(亡命政権)の主席大臣(首相)。2001年より2011年に至るまでの二期つとめた。。以来、私の立場は「半分引退した状態」となりましたが、さらに2011年に、私はすべての政治的責任から退くこととなりました。私個人としての引退と同時に、これまで四世紀も継続してきた「政教一致の指導者としてのダライ・ラマ制度」というものを公式に、そして誇りをもって、幸福のうちに、廃止することとなりました。「政教一致の指導者たるダライ・ラマ」という制度は、ダライ・ラマ5世の時代から継続してきたものですが、14代目のダライ・ラマたる私がそれに終止符を打つこととなったのです(3)2011年3月、新たにロブサン・センゲが主席大臣選出されると同時に、ダライ・ラマ法王は自ら一切の公職を辞するため、政権委譲に関する勅書を発表し、亡命チベット人憲章の改正をもとめる国民会議を召集。ダライ・ラマ5世の時にグシハーンの援助を受けて成立したガンデンポタン政庁に自ら終止符を打った。正式にダライ・ラマから一切の行政権を委譲された主席大臣は、これより「執政」(シーキョン)とも呼ばれることとなった。勅書:政権委譲について。冗談ですが、もしいま5世法王が再び蘇って来られるのなら何と言われるかわかりません。しかし彼が蘇って来られる恐れはありません。

私はいま、ひとりの人間として齢八十一になります。余生のすべてを三つの使命に捧げたいと思っています。

第一の使命は、私は七十億人の人類のひとりであるという立場からのものです。私たち人類は、すべての人がより幸福な社会を実現するための責任を担ってます。人類をより幸福するために、信仰の有無を問わず、我々人類は本来もっと慈しみ深くあるべきです。もし希望をもち、きちんと取り組むのであれば、私たちは教育を通して人類をもっと慈しみ深いものへと変えることができます。私はこの第一の使命に身を捧げたいと考えています。それには同時に七十億人の人類がひとつであるという意識をもつ必要があります。

第二の使命は、私は仏教の一僧侶であるという立場からのものです。すべての主要な宗教は、思想と実践上には様々な違いがありますが、すべての宗教が、愛、赦し、忍耐、幸福感に満たされること、といった共通のメッセージを発しています。インドではいまも実際にすべての主要な宗教が共生し、そのあり方はとても大切です。このことからも私は宗教的調和を促進するという使命をもち、全力で取り組んでいるのです。

第三の使命は、ひとりのチベット人という立場からのものです。チベット本土にいる人であれ、外国にいる人であれ、九十九パーセント以上のチベット人たちは、私に対して信頼を寄せていますし、私も彼らに対して責任があります。もちろん政治的にはすでに引退しましたが、チベットの環境、口語や文語を含む言語、そして豊かな文化遺産や、極めて広大で芳醇な仏教に関する知識を保全することは私のひとつの使命です。

これら三つの使命を果たすことが私が残りの人生で取り組もうとしていることです。

チベット問題について私見を申し上げますと、このチベット問題は、単なる政治的な問題に留まるものではなく、古代から続いてきた世界のなかでのひとつの大きな伝統文化が保護されず、消滅の危機に晒されている問題だと言えます。仏教に限って言えば、明らかに、私たちチベット人が千年以上も継承してきた伝灯は、現存する仏教のもっとも完全な形を保持したものです。我々チベット人たちは、みなさま日本人の方々よりも、はるかに詳しく広大な仏教に関する知識を伝統として継承してきたと申し上げることも可能です。

このようなことからも、今回国会議員のみなさまが、チベット支援のための議員連盟を設立して下さったことに深く感謝申し上げます。チベット問題は単なる政治的問題ではなく、現代社会にも有益な人類が古代から継承してきた知的遺産に関する問題なのであり、世界的にも保護されるべきで破壊されるべきものではありません。そしてそれを保護する責任は中国政府にもあるものです。

また政治的な問題については再度確認しておきたいことがあります。

私たちは独立を訴えているわけではありません。過去の歴史は別とし、私たちは前向きに考え、共存共生を望んでいます。私たちチベット人は「中華人民共和国」という枠組みのなかに留まろうとしています。それは私たち自身にとって経済的な恩恵をうけることでもあります。中国の指導部も私たちにチベット固有の文化・言語、そして特にチベットの環境の保存のために必要な自由と権利を与えるべきだと考えています。そしてそれは必ず双方に利益をもたらすでしょう。

いまも中国政府は「ダライ・ラマは分裂主義者である」と考えていますが、国会議員のみなさまが彼らと会う機会があるのならば「ダライ・ラマ自身がはっきりと自分で独立を望んでいないと言っている」とおっしゃっていただきたいと思います。みなさまがチベットを支援してくださいますのは大変有り難く感謝申し上げます。

最後になりますが、いつも支援者の方々に申し上げている通り、みなさまが支援しているのは単に「チベット」ではありません。みなさまは「真実や事実を支持し・支援する人たち」だということができます。そして私たちはこの活動を〈非暴力〉という手段を通じて行うことに全力を捧げています。みなさまは「非暴力主義」を支持・支援して下さっているのです。このことについて私は六百万人のチベット人を代表し、同時にいまも世界各地で不正義な制度によって苦しんでいるすべての人々を代表し、心から御礼申し上げます。

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日本チベット国会議員連盟の世話人に囲まれるダライ・ラマ

 

【質疑応答】

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〔渡辺周氏〕

本日はどうもありがとうございます。近年グローバル化が進むなか、政治難民がヨーロッパ各地に押し寄せたり、排他的な状況にあると言えます。米国では新しい大統領が誕生しましたが、フィリピンの大統領も含め、極めて乱暴な発言をする指導者も出てきます。彼らが排他主義や過激主義に走ることが危惧されます。このようななかで法王から大変高く評価していただいた我が国日本はどのような立ち位置で世界貢献していくべきかということについてご示唆をいただければと思います。

〔ダライ・ラマ法王〕

そのことはみなさまが最もよくご存知ではないかと思います。私はほんの二、三週間ここに滞在するだけですし、その間日本のうどんやご飯を楽しんでいるだけに過ぎません。ですので深い事情のことはよく分かりませんし、みなさまの方が詳しいと思います。

あくまでも一般的なことしか申し上げることはできませんが、世界の未来は、民主主義や自由主義にかかっていると思います。全体主義などはもはや時代遅れです。

ソ連崩壊は大きな変化でしたが、力によるものではなく、民意によるものでした。中国についても同じく、いまは閉ざされた社会です。しかし中国人の友人によく話していますが、十三億人の中国人民には真実や現実を知る権利が確実に存在しています。彼らには、いったい何が正しいことなのか、何が間違ったことなのか、このことを判断する能力があります。検閲などは道徳的にも正しくありませんし、長期的にみれば、それは自分たちの破滅です。現実というものは常にそこに存在しているものですし、外国に出た多くの中国人旅行者や外国で学ぶ数千万の中国人留学生たちや、そして現代のテクノロジーによって事実や真実は露呈されています。そして間違った情報統制や検閲が、事実上共産党や中国政府自体への信頼を失う原因を生み出しているのです。

マルクス主義や社会主義についていえば、私は経済的にはマルクス主義者ですが、レーニン主義には全面的に反対しています。レーニン主義は、過度に体制の支配力を強化し、秘密主義です。これがもしも戦時中であれば有益かも知れませんが、現在はそうではないわけです。しかし戦時中のようなメンタリティがいまも社会主義国家の一部を覆ってしまっています。私たちの未来は、もっと自由であるべきで、表現の自由、思想の自由、発言の自由がもっと確保されるべきでしょうし、民主制度というものだけが唯一の未来に有効な方法だと思います。

最近米国では非常に複雑な選挙が行われました。この選挙それ自体が、民主主義とは一体何か、言論の自由とは何か、思想の自由とは何か、ということを物語っていました。私はアメリカを自由主義の指導的国家であると考え、そう発言してきました。指導部が交代し、考え方にも変化はありますが、彼らは自由主義を貫いています。

この世界は七十億人の人類のものであり、日本もまた日本人のみなさまのものです。こう申し上げていいか分かりませんが、日本は天皇陛下の所有物ではありません。イギリスでも私は同様な発言をしてきましたが、この世のすべての国はその国の国民の所有物にほかならないのです。それぞれの国民は常に存在し続けます。それに対してその政府は時代に応じて変化や交代してゆくものだと私は思っています。

日本について申し上げますと、世界で、そしてアジアで最も工業文明の発展した民主国家であると同時に神道や仏教の豊かな伝統を保有しています。

神道は様々な形でいのちを尊重し、自然に対して敬意を払っています。これは大変素晴らしいことですし、その姿勢は現代社会では極めて重要な意味をもちます。現代では工業化や誤った信念でこうした姿勢は軽視されがちですが、私たちは本質的に自然の一部なのですから、自然に対して敬意を払うことはとても大切なのです。

また仏教についていえば、日本の仏教徒の方々は日常的に般若心経を唱え、梵語仏典の伝統を継承しています。もちろん私はすべての伝統宗教に敬意をもち、宗教的調和に私は全力で取り組んではいます。すべての宗教が愛や慈悲や赦しというものを同じように実践することを説いています。哲学的な立場や概念上はさまざまな違いがあります。一般に仏教や特にナーランダー僧院の伝統(4)ダライ・ラマ法王は近年、仏教の大きな伝統について、スリランカや南アジアを中心とするいわゆる「南伝仏教」「小乗仏教」「上座部仏教」を「パーリ語の部派仏典の伝統」と呼び、所謂中国やチベットで盛んになった「北伝仏教」「大乗仏教」という呼称の代わりに「サンスクリット語の梵語仏典を主とするナーランダー僧院の伝統」と呼んでいる。についていえば、三十年以上の自分自身の経験より申し上げますと、この伝統は現代科学と共存して進歩していくことが出来ることが確実なものであるということが出来ます。

みなさまには伝統的な神道や仏教があり、そして現代のテクノロジー文明があり、そして日本の社会は規律正しいものです。こう考えると日本のみなさまには必ず素晴らしい未来があると感じます。

〔櫻井よしこ氏〕

いつもダライ・ラマ法王には様々なことを教えていただいています。私たち日本人がチベットの若い世代のために一体どのようなことができますか。ダラムサラなどで学んでいるチベットの若者たちをダライ・ラマ法王はどのような方向に導かれようとしておられ、その支援として具体的に日本の私たちから出来ることが何かを教えてください。

〔ダライ・ラマ法王〕

私は今日午前中、学校を訪問し、学生たちに会い、世界の未来、そして特に日本の未来はみなさん若い世代の人たちだけにかかっていると語って来たところです(5)衆議院議員会館での講演会に先立ちダライ・ラマ法王は世田谷学園を訪問した。

日本をはじめ、人類がより幸福な社会をつくるためには、現代の科学技術の発展はもちろん大切なことですが、同時に自分たちの心の内面の価値に関心をもつべきだと思います。信仰をもっているか否かは別として、はっきりと言えるのは、私の知人の億万長者と言われる人であっても、過剰なストレスなどから、人としては不幸であるというケースがあるのです。物質的な繁栄と同時に心の内面の価値、たとえば思いやりや愛というものは極めて重要なものなのです。慈悲や愛は私たちに自信をもたらしてくれるものです。私たちは自信をもつことで、どのような行いをするときにも、公正で、誠実で、透明性の高い、より開かれた行いをしようと心がけます。

若者だけではなく、政治家でもそうですが、より透明性の高い、開かれた行いこそが人々からの信頼を獲得させてくれるのです。これは私自身もそうですが、もしも事実を違う形で取り繕って見せようとするならば、人々から信頼を得ることなどできません。透明性というのは非常に大切なのです。先ほど学生たちには、様々な職種を学ぶのと同時に心の内面の価値を知ることがが大切だと語って来ました。これは日本だけではなく、アメリカやヨーロッパそしてインドでも同じことが言えると思います。

具体的な支援の内容としましては、ダライ・ラマ十三世の時にも若いチベット人たちをこの国に留学生として派遣するといったことをされています。1960年代初頭にもチベット人の学生が何人も日本に来て学んでいます(6)1960年代には亡命チベット人の中学生たちを埼玉医大が受け入れ、日本の中高を卒業させ、なかには大学に進学した者も多数いる。現在は医師や看護婦として活躍している。。そしてこれは実際的にいまも社会のなかで役に立っている例だということができるでしょう。

またこの二、三年、高野山大学へ提案して参りましたが、私たちは仏典翻訳のための小さなグループをつくるべきだと思います。チベット語訳にはあるが漢訳にはないものを日本語に訳したり、漢訳にはあるがチベット語訳にはないものをチベット語訳するなど、私たちの仏教の伝統は、インドのナーガールジュナなどのナーランダー僧院の伝統を源流として同じくしていますので、この分野では共同作業が可能だと思います。

正直申し上げると、チベット人学生のなかで日本語が話せるものは殆どいません。同様に日本人のなかでもチベット語が話せる人は殆どいないのです。ですからまずはこの言語の問題を解消することが大事だと思います。そのためには学生の交流というのは非常に大切だと感じています。そして六十年代初頭、長野の財団法人オイスカのボランティアの方々がインドのチベット難民居留地に開発支援に来てくださいました(7)1960年代より亡命チベット人たちはインド政府の支援のもと、南インドのカルナータカ州やオリッサなどに移動し、数カ所に亡命居留区の村を形成。インド政府はチベット難民たちの自立支援のために農地および仮設住宅を提供した。この農地を開墾し、整備するためにオイスカインターナショナルなどが農業開発支援などを行なった。現在でも在インドのチベット難民のほとんどが南インドに居住しているだけではなく、亡命チベット社会に復興されたチベット仏教僧院のそのほとんどがいまも南インドに存在している。。これも大変役立つご支援だったと思います。

いずれにしましても、まずは私たちはもっと頻繁にコンタクトを取り合うことが大切なのではないかと思っています。

〔山田賢司氏〕

先ほど民主主義や言論の自由が大切であるが、中国からの独立を望まないとお話しいただきました。しかし現在のチベットの人たちは、民主主義や自由が保障されていない状態で本当に幸せなのか疑問に思います。チベットの人たちがもっと幸せになるためには、私たち日本人にはいったいどのようなことができるでしょうか。

〔ダライ・ラマ法王〕

三、四十年前から比べると今日の中国は大きく変化してきています。時代に応じ政府の指導部は変化するものです。毛沢東の時代、鄧小平の時代、江沢民の時代、胡錦涛の時代、そしていまの習近平の時代、時代とともに政権は代わってきました。しかし中国の人民は五千年前の時代から変わりません。同じ中国人で、非常に文化的であり、勤勉で、そして現実的な人々です。たとえば鄧小平は市場中心経済を社会主義に反して導入しましたが、それはその時に中国にとっては経済発展が大切であり、個人の生産性を高める必要性があったからです。だからこそ経済的な解放を行うこととなったのです。

その政策は江沢民が継承し、特に目立ったものではありませんでしたが、十年ほど胡錦涛もその政策を継承し、現在の習近平政権もこれを継承しています。

習近平政権下では、特に政府内の汚職や腐敗を取り締まる、といった勇気ある改革に着手しています。私もこれは高く評価しています。閉鎖的な社会ですし、独立した司法機関もないのでそうした腐敗が起っていますが、彼は法律の重要性というものに頻繁に言及しています。現在の一党独裁体制それ自体は問題ですし、現政権が抱えている問題は非常に複雑で多岐にわたるものですが、現状の政治体制で行おうとしている彼の改革への勇気は評価すべきものだと思います。

現在中国が抱える問題の唯一の解決策は情報の自由化や言論や報道の自由にあり、それらは政府内での腐敗や汚職を減少させるのに役立つでしょう。来年には九十以上もの代表者たちの会議(全人代)があると言われています。その次の年にもあります。彼らもそれらを通じて徐々にではありますが理解しつつあるのです。

一方、私たちチベット人は中国の人々に対して心からの敬意をもっています。たとえ政府が変わろうとも人々はそのまま変わることはありません。私自身のケースを申し上げますと、政府高官レベルの人たちとも接触がありますが、一般の中国人、特に中国人仏教徒、中国の知識人たちとは政府高官よりもはるかに頻繁な接触があり、彼らとは頻繁に会う機会を得ています。多くの中国人仏教徒や学者たちは頻繁にインドに来ますので、私たちは彼らと直接会い議論を行なっています。政府レベルに比べると民衆レベルでははるかに密接なコンタクトをもっていますし、それは将来的にも意味があるでしょう。

四年前、中国国内の仏教徒の人口統計を北京大学が発表しましたが、それによると中国人仏教徒は三億人以上であるとのことです。その大部分が高等教育を受けているとのこことです。二年前の統計ではさらに増加し、現在は四億人にも達するようです。これは大きな変化です。

昔、毛沢東主席自身が私にはっきりと「宗教は毒である」と語っていました。しかし現在中国のなかで仏教徒は増加する傾向にあります。そして特にチベットの仏教の信徒は急激に増加しているようです。これは多くの中国人仏教徒がチベット仏教の伝統の重要性に気付きはじめているからですし、大きな変化だと思います。

今日ここに掲げられているチベットの旗の写真を見て、中国政府筋の人たちはみなさまを非難するかも知れません。しかし、その時のために申し上げておきたいことがあります。

1954年から1955年にかけて、私は五ヶ月北京に滞在しましたが、その際毛沢東主席にも何度もお会いしました。ある時毛沢東主席に「君たちは旗がありますか?」と聞かれましたので私は「はい、私たちには旗があります」と答えました。主席は「君たちの旗は〔五星旗と〕共にそのまま持っておきなさい」と仰いました。

ヨーロッパやアメリカの支援者がこのチベットの旗を掲げ、最近はチェコ共和国を訪問しても、本当に多くの人々がこの旗を掲げています。中国政府の役人たちはこの旗をもっているだけで非難するかも知れません。ですがそのような時にみなさまは彼らに「ダライ・ラマは1955年にこの旗を維持する許可を毛沢東主席から受けた」と伝えていただければと思います。

そもそも旗ひとつで単純に分裂主義だと非難するのは可笑しなことです。アメリカには合衆国の国旗がありますが、各州にはそれぞれ州旗があります。共産党の役人たちは、あまりにも心が狭いのです。彼らは過剰に猜疑心を持っているので「あ、チベットだ。国家分裂を企んでいるんだ。そもそも彼らは違う民族だし、言語も文化も違っているし、地勢的にも異なっている。だからだろう。」と疑ってしまうのです。もしもチベットについて少しでも学んだことがあれば、全く逆の考えをするはずなのです。

同じことはチベット人にもいえます。チベット人はチベット語ももちろんですが、もっと漢語を学ぶべきです。互いに猜疑心をもっていては、理想とする調和や統一に逆行します。調和や統一とは、心の内側から起こってくるもので、調和と恐怖は共存できませんし、信頼関係なくして調和はあり得ません。そして信頼関係というのは恐怖とは共存不可能なことものなのです。

中国が変化しているのは確かです。しかし中国がグローバル社会で貢献するためには、現在の体制は国際社会で障害となっていますし、残念ながら世界中のあちこちで信頼されていません。日本のみなさまからも信用されていません。インドも然り、同じ社会主義のベトナムもまた然りです。調和や統一をもとめるのならば、信用を得るということは何よりも大切な鍵となることなのです。もちろん時代は変化していますし、習近平政権も現実的に真摯に取組んでいるとは思いますが、現時点では決定的なものだとは言えません。

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最後にひとこと申し上げます。

現在の中国の強硬派といわれる人たちでさえ、いまはこのチベット問題をどうやって解決したらいいのかということについてジレンマを感じていると思います。

しかしこれだけははっきり言えますが、チベット問題というものは、現実的に取り組まなければ、決して終焉することなど有り得ないということです。日本のみなさまがこうして議員連盟を設立して下さったこのこと自体が、「チベット問題というのは決して終わることはない」という明確なメッセージです。

1950年以来、チベット本土では三世代、四世代と続き、現在は五世代目になりつつありますが、いまもこの問題は継続しています。どれだけ時が経とうとも、チベット人の精神は決して変りません。この問題の重要な側面はそこにあります。

チベットの外の世界では、より多くの人々や国が関心を示して下さってます。このたび日本の国会議員のみなさまの議員連盟の設立は、チベット問題への明確かつ重要な関心が世界のなかで高まりつつあるということの一端であると思います。

だからこそこれは大変重要なことだと思いますし、心からの御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。

以 上

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注釈   [ + ]

1. ダライ・ラマ13世トゥプテン・ギャツォ(1876-1933)は、1908年に中国五台山に到着し、西本願寺の大谷尊由などと面談。さらに在北京日本大使館に一週間滞在するなど日本との交流をはじめた最初のダライ・ラマである。1911年にはツァワ・ティトゥルなどの特使を日本に派遣した。その後多田等観、青木文教、矢島保治郎などと深く交流した。参考:『多田等観』春秋社、2005年。
2. サムドンリンポチェは公選により選出された中央チベット機構(亡命政権)の主席大臣(首相)。2001年より2011年に至るまでの二期つとめた。
3. 2011年3月、新たにロブサン・センゲが主席大臣選出されると同時に、ダライ・ラマ法王は自ら一切の公職を辞するため、政権委譲に関する勅書を発表し、亡命チベット人憲章の改正をもとめる国民会議を召集。ダライ・ラマ5世の時にグシハーンの援助を受けて成立したガンデンポタン政庁に自ら終止符を打った。正式にダライ・ラマから一切の行政権を委譲された主席大臣は、これより「執政」(シーキョン)とも呼ばれることとなった。勅書:政権委譲について
4. ダライ・ラマ法王は近年、仏教の大きな伝統について、スリランカや南アジアを中心とするいわゆる「南伝仏教」「小乗仏教」「上座部仏教」を「パーリ語の部派仏典の伝統」と呼び、所謂中国やチベットで盛んになった「北伝仏教」「大乗仏教」という呼称の代わりに「サンスクリット語の梵語仏典を主とするナーランダー僧院の伝統」と呼んでいる。
5. 衆議院議員会館での講演会に先立ちダライ・ラマ法王は世田谷学園を訪問した。
6. 1960年代には亡命チベット人の中学生たちを埼玉医大が受け入れ、日本の中高を卒業させ、なかには大学に進学した者も多数いる。現在は医師や看護婦として活躍している。
7. 1960年代より亡命チベット人たちはインド政府の支援のもと、南インドのカルナータカ州やオリッサなどに移動し、数カ所に亡命居留区の村を形成。インド政府はチベット難民たちの自立支援のために農地および仮設住宅を提供した。この農地を開墾し、整備するためにオイスカインターナショナルなどが農業開発支援などを行なった。現在でも在インドのチベット難民のほとんどが南インドに居住しているだけではなく、亡命チベット社会に復興されたチベット仏教僧院のそのほとんどがいまも南インドに存在している。