ゲン・チャンパはゴマン学堂のゲクー(維那)に


作成日: 2016-07-23 最終更新日: 2016-07-23 作成:事務局

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ゲンチャンパがお帰りになって、今度はいついらしてくださるだろうか。ふとした時にあちらからゲンチャンパが現れそうだったり、ゲンチャンパの教えを思い出してみたり。そんな感慨に耽っている真夏のお寺。

ゲンチャンパがお帰りになられた本山デプン・ゴマン学堂では、今日もびっちりの授業と、絶え間ないお経に多くの僧が精進されているに違いありません。

お経もそれをいい含めてみたり、諳んじてみたり、唱えていたり、それぞれがオケピットの中で音を探り調整している感じです。そんなゴマン学堂の「ゲクー」にゲンチャンパが就任されました。

「ゲクー」(維那いな)は仏教の心理学で言うところの「正知(監視作用)」のような役割でしょうか。(伝統的には鞭持ってます。これ本当)若い僧侶がちょっと怖いという存在でないとなりません。ゲンチャンパのイメージとはちょっと違うかも、と思われる方も多いと思います。けれど、多くのゲシェー(博士)の中からゲンチャンパが選ばれたのは合点がいきます。なぜならゲンチャンパは「この人が何を欲しているか」と、よく観察していたように思うからです。何が理解できていて、何が理解できていないのか。ここをクリアすれば次はこれ、といった具合に頃合いまで計ってくれたり、気働きの人だったような気がします。

仏教というのはロジカルでないとなりません。整合性を強く希求する姿勢を崩してはならないのです。ロジックで考える思考回路を作るために若い僧侶は戒律を守って、集中力を養いながら難解な哲学を学んで身につけているのです。そんな多くの僧が一目置く存在でいないとゲクーには選ばれません。

ゲンチャンパも緊張しつつ、大役を受けられることと思います。牛田の山からもそんなゲンチャンパのご活躍をお祈りして、教わった多くの法を時々思い出しつつ、日々精進していきたいと思います。