2018.10.26

難民の法王が伝える法灯をどう受け取るのか

ダライ・ラマ法王のご来日に際して
野村正次郎

2006年、金剛界伝法灌頂で授記をされるダライ・ラマ法王(写真・村上宏治)

 

私たち日本人は、非常に狭く、ほとんど日本人だけしか住んでいない、日本という特殊な土地に、日本語だけを使用して暮らしている。そんな日本にチベット仏教の最高指導者である法王、ダライ・ラマ法王が今年もいらっしゃる。東京、福岡とダライ・ラマ法王の説法会やご講演がすでに案内され、チケットも販売中であり、多くの方達が参加されるだろう。

天皇陛下より2つ年下で、今年83歳をお迎えになられたダライ・ラマ法王の外国訪問は最近非常に少なくなった。日本人がダライ・ラマ法王がいらっしゃるダラムサラに行くには、デリーまでのおよそ9時間のフライトを経て、そこで一泊し、約3時間かけてダラムサラまで行かなくてはならない。現在でも片道1泊2日の旅であり、往復3日かかる日本は、決して近い距離にある場所とは言えないだろう。

来月に法王来日を控え、リンポチェもアボも法王猊下にお会いするのを楽しみにする日々である。私たちもこれまで2006年、2010年、2015年と3回もダライ・ラマ法王をお招きして法話会を開催されていただく機会に恵まれた。私たちの活動もダライ・ラマ法王のご指導を受けて行ってきた。チベット人たちにとってダライ・ラマ法王は日本人にとっての天皇陛下と同じような存在であるというと分かりやすいだろうか。お二人ともその国民にとってかけがえのない存在である。お二人ともご高齢であり、ご長寿を願うのは同じであるが、決定的な違いはダライ・ラマ法王やチベット人たちは「いまも難民である」ということである。

1959年にダライ・ラマ法王がインドへと亡命してから来年でちょうど60年もの年月が経つ。チベット人たちの祖国「チベット」は失われ、生命の危険から逃れて難民となり、いまも10万人以上の難民たちが暮らしている。彼らの難民生活は来年には60年を迎えようとしている。いつも笑顔が絶えず、丁寧に仏法を教えてくださっているダライ・ラマ法王にしても、ゴペル・リンポチェやアボにしても同じように「難民」である。彼らの祖国は最早消滅して60年を迎えようとしているが、彼らの愛する家族や友人たちは、いまもなお別の民族によって常に迫害されている。自分たちがそれまで長い間大切にしてきたインドの大学者たちに教えてもらった仏教を守るため、その教えが続くため彼らは「難民」となって生きている。

ダライ・ラマ法王は決して「チベット仏教を布教する」ために、日本にいらっしゃるわけではない。日本に訪問してほしいという要望があるのでいらっしゃるのであるし、説法をしてほしいという要望があるので説法をされに来られるのである。昨年、日本を含めていくつかの外国訪問をキャンセルされた法王は、集まったチベット難民たちに対して

「高齢で移動も長時間となり、体力の消耗も大きく、チベット人のみなさんも私が長生きすることを願っているので、私は方針を変えました。欧米や日本をこれまで十分といっていい程訪ねてきました。それらの国は、文化の違いがあります。仏教の盛んな国ではありませんので、自分の体調を崩す危険を冒してまで無理に訪問しなくてもいいのではないかと思うようになりました。私ももう老人ですので、今後はみなさんチベット人のために大切な仏法を伝えること、そして私たちを受け入れてくれて、私たちの元々の先生でもあるインドの人たちに、そして特に若い世代の方達に私たちの考えを伝えること、私たちがもっている文化と同じ伝統をもっているインドの人たちや中国の人たちに教えを伝えることを優先していきたいと思います。」

という趣旨のことを語っておられた。ダライ・ラマ法王は「もう欧米や日本には行きません」とはおっしゃっていなかったが、このお言葉を私たちは「もう日本にいらっしゃることはないんだろうな」と深く受け止めた。日本にきてからはや15年になるアボに「今年は法王の来日も最後ですかね」と言うと、「『最後』という言葉を使いたくありませんが、法王に日本でお会いできる可能性もこれから更に少なくなり、今回は来日中にできる限り、お手伝いが必要できるようにしたおきたいです」と返ってきた。そんな気持ちで法王をこれから迎えられるのである。ダライ・ラマ法王もよくおっしゃっている。

「仏教というものは一人の人間が一代でやるものではありません。貧富や階級や民族や世代や国家なども全く関係ありません。そのようなものは釈尊の時代から否定されてきたことです。お釈迦さまの時代から、これまでもずっと仏法に触れることのできるすべての人が取り組んできたことなのです。だからこそ私たちいま21世紀を生きる人間は、この大切な教えを今後の人たちに伝えていく責任があるのです。」

チベットと日本の縁は、1900年頃に河口慧海がチベットに行き、先代のダライ・ラマ法王13世に謁見したことなどから徐々にはじまったものである。その後チベットにも日本にも第二次大戦や原爆投下など様々な出来事があった。いまのダライ・ラマ法王14世の時代になり、彼らは祖国を失い、難民になるという困難な時がいまも続いているが、法王とその指導を受けた本山デプン・ゴマン学堂などでは、かつての伝統の継続を維持している。日本でも有志のみなさまの日頃のあたたかい支援もあり、私たちも細々と活動を継続できてきた。

いまはもうかつて私たちに仏教を教えてくださったケンスル・リンポチェ、そしてゲン・ロサンといった偉大なる師たちはおられないが、ゴペル・リンポチェが三代目の指導者として昨年から来日して、活動することができている。今回の法王来日に際し、まずは私たちが無事に三代目のラマをお迎えすることができ、1年経過し、これからもこの体制で活動ができるようになりました、と報告させていただく予定である。

これまでダライ・ラマ法王の説法会や講演会などで法王猊下に接することのできた方も多いであろう。また今回はじめてダライ・ラマ法王猊下に接する人たちも多く居られるであろう。そのすべての人たちに知っておいてほしいことは、ダライ・ラマ法王が「ノーベル平和賞を受賞された」ことや「世界中のセレブリティに人気で支持を得ている方である」ということでは決してない。「ダライ・ラマ法王は難民である」ということであり、その法王が語ってくださる法灯とは「時を超え、民族を超えて、すべての仏教徒が大切にしていかなければならない価値観」であると思われてならない。

 

 

ダライ・ラマ法王の来日の詳細について

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所