2018.10.03

貧者の一燈

近畿定例法話会より
渡邉温子/LOBSANG DROLMA

9月の終わりに久しぶりに京都で法話会が行われました。今回は体調の優れないリンポチェに代わって、アボさんが京都まで来てくださいました。

「私は本当の先生ではないですが・・・」

と、謙遜しながら、ダライ・ラマ法王が以前アメリカで説かれた法話をもとに、因果と菩提心・智慧について法話をしてくださいました。アボさんから今回使われるテキストをお借りしたときに、小さな付箋がたくさん貼ってありました。そして、所々に黄色い蛍光ペンでマークがしてありました。アボさんからいつでも法王の言葉が口をつくのは、こうやって日々学んでらっしゃるからなんですね。

以前、アボさんが京都へ来てくださった時に、閼伽水の供え方を教えてくださいました。その時は言葉だけの説明だったのでと、今回は実際に器を持ってきてくださり、手順を教えていただきました。

「普通は7つ供えますが、仏壇が小さければ3つや1つだけでも構いません」

アボさんは実際に7つの器で実演してくださいました。これは順に、口を洗ぐ水、足を洗う水、花、焼香、灯明、塗香、食べ物、楽器を象徴するそうです。

「水は必ず新しいものを使ってください。日本では水を買わなければなりませんが、必ず物惜しみしないで捧げてください」

チベットでは水は川などで汲んでくるので、お金がかからないそうですが、日本では有料ですね。最初は少しずつ水を器に入れ、最後に器の8、9割まで水を注ぎます。注ぎ終わったあとは、葉っぱなどで水をふりかけます。

「その時にオム・アー・フムと唱えてください。オムには色々な意味がありますが、ここでは仏の身口意を表し、これを私達もいつか必ず得ますという祈りになります」

そしてフム廻向を意味するそうです。

「おそらく皆さん閼伽水を供えている時は心が落ち着いているかと思いますが、そのあとでいつ怒りが起こってくるかわかりません。怒りが生じるとせっかく行った善業が消えてしまいますので、なくならないようにするために回向します」

閼伽水を数を数えながら何度も何度も供養する行もあるそうです。その場合は一日に何度も水を新しく入れ替えて供養しますが、そうではない場合は朝にお供えして、夕方に水を捨てて片付ければよいそうです。

「水と一緒に、できればお香や灯明も一緒に供えてください」

そう言われて、アボさんはあるおばあさんの灯明の話をしてくださいました。

「昔、お釈迦さまが御在世だったとき、ある王様が、お釈迦さまたちを迎え入れて、盛大に供養しました。それをみていたある貧しいおばあさんは、なんとか自分もお釈迦さまに供養したいと思いました」

しかし、そのおばあさんはお金がなかったので、一日物乞いをし、やっと集まった僅かなお金で、ほんの少しのバターを買ったそうです。

「お店の人もおばあさんを哀れんで、少し多くあげたのでしょう。おばあさんは喜んでお釈迦さまのもとへ供えに行きました。その時おばあさんは、
『この光で全ての者の無明が取り払われるように』
と祈願しました。翌朝、日が登って灯明がいらなくなったので、周りの者達が日を消そうとしましたが、一つだけどうしても消せない灯明がありました。不審に思ってお釈迦さまにお聞きすると、お釈迦さまは、
『誰もその炎を消すことはできない。彼女は将来、日光仏として生まれるだろう』
と授記されたそうです」

広島の龍蔵院では、毎日バター灯明が供えられます。バター灯明や蝋燭などをお供えする時は、おばあさんと同じように広い気持ちで祈願しながらお供えできるといいですね。