作成日: 2017-04-07 最終更新日: 2017-04-08 作成:野村 正次郎

【なかなか出来ないパスポート】

チベットの人たちは、チベット本土で暮らしている人たち、そしてインドに難民となった人たちの二種類があります。チベット本土で暮らしている人たちは、中国政府の圧政により、宗教的な活動に様々な制限が強いられており、同時に人権蹂躙が平然と行われている状態です。

ダライ・ラマ法王は1959年にインドに亡命されましたが、その後中国に占領されたチベットでは、文化大革命が行われ、チベット本土ではこれまでの歴史にはなかった程の大規模な「破仏」が行われました。多くの僧侶たちは還俗させられ、体制に異を唱える人たちは投獄され、拷問され、処刑されました。チベット仏教と聞くと世界中の仏教の中でも、密教が有名であったり、秘境の秘密の教えであるといったイメージを持ちがちな日本人の多くは、これらを実際に目にしたことがないので、チベット仏教の現状を理解しづらい状況にあります。しかしながら、チベットで行われていることは、私たち日本人が静かに心を見つめ直して、仏の教えに心を傾ける余裕のある状態ではなく、いまも日本で言うところの「戦時中」の時代が継続しています。

チベットの人たちは、インドに亡命し、難民となってから既に60年近くの年月が経とうとしています。人の生涯を考えると60年という年月はとても長いものであるとしか言いようがありません。しかし彼らは自分たちの持っている固有の宗教や文化を何とか継続させるために、インドの難民キャンプで僧院を復興し、若者たちを教育し、伝灯を守ろうと努めています。私たち日本人はいま比較的豊かになり平和に暮らしていますが、彼らはいまも「戦時中」にあり、「亡命して」「難民である」ということは、静かに祈りを続けているチベット人僧侶たちの外見からは判断出来ない、深刻な事態であると言えます。

文殊師利大乗仏教会は、このような状況の中で、少なくとも彼らが何とか残そうとしているチベット仏教の無形の文化遺産と継続する知的財産を、古来仏教国であるこの日本に紹介したいという思いで、活動をはじめました。最初に私たちの活動の中心には、ケンスル・リンポチェがいらっしゃり、2004年からは広島の地に我が国初の正式のチベット仏教の僧院としての活動を開始することが出来ました。

2006年には、ダライ・ラマ法王を広島に迎えることが出来て、日本で初めての両界曼荼羅の伝法灌頂を開催することが出来ました。これは長年私たちの活動をサポートしてくださってきた大本山大聖院に弘法大師空海が密教を伝えて丁度1200年目の大きな節目の行事でもありました。

その後ケンスル・リンポチェがご病気のため、2010年からは師の筆頭のお弟子である、クンデリン・ヨンジン・リンポチェ・ゲン・ロサン師を私たちの指導者として迎え、年に2回ではありますが、来日していただき法輪を転じていただくという貴重な機会に恵まれてきました。しかしながら、チベット難民社会で伝統の継承者として極めて重要な先生出会った、ゲン・ロサンはダライ・ラマ法王の抜擢で、ゲルク派の密教の総本山ギュメー密教学堂の経頭師(ラマ・ウンゼー)に任命され、その重責をお務めになられる中、病に斃れられることとなり、昨年のサカダワの祭に、示寂の相を示されるという悲しい出来事がありました。

ゲン・ロサンがお亡くなりなられてもうすぐ1年が経ちますが、私たちは次の指導者として、ケンスル・リンポチェ、ゲン・ロサンの両師のご遺考にも基づき、長年日本で活躍してきたアボさんの弟であり、化身ラマでもある、ゴペル・リンポチェ第三世・ガワン・ニェンダー師をお迎えしようとしています。

もともとアボは、弟が、ダライ・ラマ法王にリタン大僧院の元管長猊下の三代目の化身認定され、化身ラマとして立派なラマになるためのお世話をするためにインドに亡命することとなりました。しかしながら様々な縁が重なり、2003年からは来日し、リンポチェは一人寂しく、インドで厳しい修行を続けられ、最終的にはゲン・ロサン師の指導のもと、ゴマン学堂の首席のゲシェー・ラランパとなられ、その後も現在に至るまで、未来の指導者として必要な密教の伝授を受けたり、瞑想修行をされるなどして暮らしておられます。

ゴペル・リンポチェは、インドに亡命して以来ずっとこれまで修行をなさっておられ、一度だけ本山の命を受けロシアに説法に行かれましたが、それ以外には外国を訪問されたことはありません。しかしながら私たちがインドに行くたびに、「おお、アボがお世話になってます」と和かな笑顔でいつも迎えてくれてきましたし、「いつか私も日本にいく機会があればいいけど今はまだ学ぶべきことがあるので行けません。アボをよろしくお願いします」とおっしゃってきました。

これまで日本で十年以上も活躍してきたアボは、みなさまから頂く浄志のそのすべてをリンポチェとそのお弟子さんたちのために送金し続けてきました。アボが何年間も日本にいて日本で買ったものは、弟の様子を知るためのテレホンカード、インドに帰った時に弟と一緒に写真を撮ってチベット本土にいる家族たちに見せるためのデジカメ、経典をたくさんダウンロードして読んだり、ダライ・ラマ法王の説法をYoutubeで観るためのiPad、そんなものしかありません。毎日何時間もお経を読み、日本別院に参拝される方たちの悩みごとを聞いたり、日本別院の境内の掃除、朝夕のお勤め、それら以外には何の特別なこともありませんが、ただひたすら仏教と共にあるという生活が一体どういうものなのか、僧侶であることが一体どういうものであるのか、アボはその存在自体で静かに語ってくれています。

ゲン・ロサン師がなくなって以来、昨年九月にICチップつきのパスポートの申請を出されたゴペル・リンポチェのパスポートは、最初はチベット亡命政府の方々や僧院の事務方の人たちも「1、2ヶ月で出来ますよ」とおっしゃっていましたが、いまもまだパスポートは出来ておらず、いつ出来るやらもよくわからない状況にあります。本来は有効期限も切れていないパスポートですので、そんなに難しくはないはずだろうと私たち日本人は思うのですが、いつまで待ってもなかなか出来ないパスポートは、彼らが「難民である」こと、チベットがいまもなお「戦時中である」こと、これ以外にはその理由が見当たらない状況にあります。

私たちがこの活動をする前、東洋文庫におられたケンスル・リンポチェが、パスポートの更新がなかなか出来ず、大変困っていたことが思い出されます。リンポチェはとても心配性でしたので、パスポートが更新出来ないまま日本に滞在していると警察に捕まるのではないか、一体インド大使館はいつ新しいパスポートをくれるのか、そんな心配事が重なる日々でした。ちょうど地下鉄サリン事件なども日本であったりし、チベット仏教の僧衣をまとった人間が街を歩くこと自体、危険なのではないか、そんな心配もなされていました。そんな中でリンポチェはある日、

野村さん、私のパスポートは全然出来ませんよ。毎日タンカの前で「オム・マニ・ペメ・フーン」と繰り返し唱えながら、観音菩薩を観想しているんですが、それがいつのまにか「パスポート・パスポート」という真言になりそうで、困ってます。大丈夫ですかね。

と冗談でおっしゃっておられました。私は「先生、心配しなくてもここは日本ですからまあ何とかなると思いますよ。この東洋文庫の隣も警察ですし、先生は目立つので悪い人もなかなか悪いことはできないと思いますよ、心配しないでください。」と話したのを思い出します。

リンポチェは

昔のチベットやインドだったら、賄賂を払わないと仕事をしてくれないんですが、やっぱり日本でも同じなんですかね。書類と一緒にお金を提出しないとインドやチベットでは何も出来ませんよ。日本では役所に行っても賄賂を払わなくても仕事をしてくれるので、何と素晴らしい国だと思ってたんですが、私のパスポートはインド大使館が発行してくるものなのでやっぱり日本にあっても賄賂がないからダメなんじゃないですかね

とおっしゃるので、「先生、賄賂を払うのはやめといた方がいいです。そのうち出来ます。待ちましょう。」としか言いようがありませんでした。いつも厳格な戒律を守って暮らしておられるリンポチェが賄賂を払わないといけないかどうかの心配をされ、またパスポートがいつ出来るかもわからない状況は、チベット仏教を学ぶということが、そもそもハードルが高いことを思い知らされる出来事でした。

今回のゴペル・リンポチェのパスポートの更新も「一体いつ出来るんですかね。何もスケジュールが立たないので困るんですが、何とかなりませんか」と様々な問い合わせをしても、「ははは。インドですから、どっかの役所で誰かがちょっと後回しにしてたり、放ったらかしにしてるんですよ。そのうち出来ますよ。」とか「そろそろ出来るんじゃないですか」といった答えしか戻ってきません。

最近ある先生に「あなたは人格的に問題があるから、上手くいかないのよ。もっと功徳を積まないから上手くいかないんじゃないの。」と叱られました。もちろん自ら反省すべきことは多々ありますが、しかしながらパスポートがなかなか出来ないのは、誰かのせいではないし、チベットの仏教というものが置かれている状況を考えるならば、何でもかんでもすぐに上手くスムーズにいかない場合も多いのが実情です。

デプン大僧院は本来はラサにあり、チベットは本来巨大な仏教国家であり、真面目に仏法修行に励まれるチベットのラマたちは、本来はきちんと国籍があり、供養される人として様々な場所を旅をしながら、説法を行ってくださることが可能な人たちです。しかし今はチベットは占領下であり、宗教的な指導者たちは亡命を余儀なくされ、難民となり、無国籍であり、ダライ・ラマ法王がインドの中で説法をするだけで中国政府がインド政府に対して抗議活動を行っている時代であることも確かな時代です。

私たちが次の指導者を迎え、チベットの人たちの生きた伝統を享受できるまで、普通よりも少し時間はかかるのでしょうが、パスポートはそのうち出来るでしょうし、日本にリンポチェを迎えることが出来る日はもうすぐであることは確かです。日本でも「焦りは禁物」というように、いまはただひたすら待つしかないです。しかしながら、ゴペル・リンポチェが来日され、法輪を転じられる日は近い、そう思うと私たち弟子の側も、何を学ぼうか、私たちの心に仏法を享受する器がきちんと準備されているのか、そんなことも思う日々です。

みなさま、もう少しお待ちくださいませ。リンポチェはもうすぐいらっしゃいます。