Slider

VOICE NEWS

VOICE
本日のことば
2020.07.14
小さな穴に籠もるのも、そんなに悪くはないことである

死の無常とはどんな人にも平等に訪れるものである。如何に悪事を極めた人間であろうとも、如何に世の栄華を極めた人間であろうとも、如何に普通に静かに暮らしていた人であろうとも、生きている限り物質的身体は、他の消耗品と同様に次第に古くなり、消費期限を迎えて死んでゆく。

VOICE
本日のことば
2020.07.13
いつも波を見つめ、波に流され、波に乗り、波に溺れていく

我々仏教に関わる者は、世間の活動に過度な期待をもつことなく、常に出世間の価値観を規範として生きるべきである。何故ならば、世間の活動はいくらひとつひとつのことを達成できても、際限なく、次から次へと様々な問題が発生し、それに関わっている限り、なすべき大切なことを忘れてしまいがちになるからである。

VOICE
本日のことば
2020.07.05
もはや逃れようもない、絶体絶命の状態

無常の猛獣に捕まっているのに 楽しんで居たいと思うのは正しくない 鋭い鰐の牙の間に挟まれているのに 楽しい時など一瞬たりとも過ごせない 96 想像力が欠けている […]

VOICE
本日のことば
河が流れるように、私たちは死につつある

生まれてきた時その瞬間から 留まることもなく死神の方を向いている 河は流れてゆき如何なる瞬間であろうとも 逆流することなく海へと向かっている 95 いまは死なな […]

VOICE
本日のことば
2020.07.04
希有な存在を死後も継続するためにいまを生きる

須弥山から持辺山に至るまでの七つの内海や、極楽浄土などの仏国土を流れている水には、八つの良い性質があり、それは清涼で、美味であり、軽やかであり、まろやかな味であり、澄んでおり、悪臭もなく、飲んだ時に喉を損わず、胃腸を損なわない、という美しい水であると言われれている。

VOICE
本日のことば
2020.07.03
私たちは神々よりもよい船に乗っている

世界の三大宗教のなかで、人間以外の一切衆生という概念をもち、それに対する非暴力や愛を説いている宗教は仏教以外には存在していない。仏教では、幸福な社会というものを構成員として、微生物から人間や神々にいたるまでのすべての生物がその対象に含まれているのであり、私たちが人間としていまここに生まれている、ということが、そのまま希有なる存在であるということを繰り返し説いている。

VOICE
本日のことば
2020.06.23
聞思修は、彼岸まで泳いで渡るための特訓である

本偈は、水泳の習得過程を、聞思修の修習過程に喩えたものである。泳ぎを最初に覚える時は、最初はビート板や浮輪などの浮力のある補助具に常に捉まってまずは手足の動き方を練習する。

VOICE
本日のことば
2020.06.22
他の生物に向けられる慈悲心こそ、砂漠化を防ぐ希望である

釈尊どんな如何に円満なる妙法を説いたとしても、あなたはそれを聞いて、それを正しく実践しないかもしれない。しかしそれは病人が薬の入った鞄を背負って歩いているだけで自分の病が治らないのと同じことなのである。

VOICE
本日のことば
2020.06.21
渇きを癒してくれる一杯の水のように

釈尊の教えは、明瞭簡潔なものから、甚深広大で難解なものまで様々がある。どんな人であっても、釈尊の説かれた、すべての教えを知ることなど出来ないし、網羅的にすべてを学ぶことが重要なのではない。

VOICE
本日のことば
2020.06.20
受信装置の微調整をして正法の器となる

私たちは日々様々なものを享受して生きている。しかしながら同時に私たちは、そのひとつひとつのものを丁寧に慎重に公平に享受している訳ではない。またひとつひとつのものをそのものの存在の意味と存在の価値を測りながら享受している訳ではない。