作成日: 2009-08-17 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

【第2章 有の理解と無の理解についての規定】

他学説の否定

ある人が言う、「有ると理解する量が有れば、事物であると理解する量が有る」と。認識対象、主題。事物であると理解する量が有ることになる。有であると理解する量が有るから。遍充承認済。「不成立」ならば、認識対象、主題。有ると理解する量が有ることになる。有るから。「不成立」ならば、認識対象、主題。有ることになる。基体成立であるから。原帰謬で「その通り」ならば、認識対象、主題。事物であると理解する量が無いことになる。事物ではないから。「不成立」なら、認識対象、主題。事物ではないことになる。事物無であるから。「不成立」ならば、認識対象、主題。事物無となる。実用性が無いので。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。実用性が無いもの、とは事物無の定義であるから。

ある人が言う、「事物無であると理解する量が有れば、常住である理解する量が有る」と。兎角、主題。常住であると理解する量が有ることになる。事物無であると理解する量が有るから。遍充承認済み。「不成立」ならば、兎角、主題。事物無であると理解する量が有ることになる。事物無であるから。「不成立」ならば、兎角、主題。事物無であることになる。事物ではないから。「不成立」ならば、兎角、主題。事物ではないことになる。無であるから。原帰謬で「その通り」ならば、兎角、主題。常住であると理解する量が無いことになる。常住ではないから。「不成立」ならば、兎角、主題。常住ではないことになる。法と非刹那体との共通基体ではない*ので。「不成立」ならば、兎角、主題。法と非刹那体との共通基体ではないことになる。法ではないので。「不成立」ならば、兎角、主題。法ではないことになる。無であるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。法と有との二つは同義であるから。

ある人が言う、「非所作であると理解する量が非所作であると理解する量が有るならば、非所作であると理解する量が有る」と。声、主題。非所作であると理解する量が有ることになる。非所作であると理解する量が所作であると理解する量が有るから。「不成立」ならば、声、主題。非所作であると理解する量が所作であると理解する量が無いことになる。事物であるから。原帰謬で「その通り」ならば、声、主題。非所作であると理解する量が無いことになる。非所作ではないから。「不成立」ならば、声、主題。非所作ではないことになる。所作であるから。「不成立」ならば、声、主題。所作であることになる。色であるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。色・認識・不相応行の三つのいづれかであれば、必ず所作であるから。

ある人が言う、「無いと理解する量が無いと理解する量が有れば、無いと理解する量が有る」と。壺、主題。無いと理解する量が有ることになる。無いと理解する量が無いと理解するが有るから。遍充承認済。「不成立」ならば、壺、主題。無いと理解する量が無いと理解する量が有ることになる。基体成立であるから。原帰謬で「その通り」ならば、壺、主題。無いと理解する量が無いことになる。有ると理解する量が有るから。「不成立」ならば、壺、主題。有ると理解する量が有ることになる。有であるから。「不成立」ならば、壺、主題。有であることになる。常住と事物のいづれかであるから。「不成立」ならば、壺、主題。常住と事物のいづれかであることになる。事物であるから。

ある人が言う、「常住であると理解する量が無いと理解する量が有れば、常住であると理解する量と、無いと理解する量とのいづれかが有る」と。柱、主題。常住であると理解する量と、無いと理解する量とのいづれかが有ることになる。常住であると理解する量が無いと理解する量が有るので。遍充承認済み。「不成立」ならば、柱、主題。常住であると理解する量が無いと理解する量が有ることになる。常住ではないから。「不成立」ならば、柱、主題。常住ではないことになる。事物無ではないから。「不成立」ならば、柱、主題。事物無ではないことになる。事物であるから。「不成立」ならば、柱、主題。事物であることになる。実用性が有るものであるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。「実用性のあるもの」とは事物の定義であるから。原帰謬で「その通り」ならば、柱、主題。常住であると理解する量と、無いと理解する量とのいづれも無いことになる。常住であると理解する量が無く、かつ、無いと理解する量が無いから。「第一証因不成立」ならば、柱、主題。常住であると理解する量が無いことになる。常住ではないので。「不成立」ならば、柱、主題。常住ではないことになる。法と非刹那体との共通基体でないから。「不成立」ならば、柱、主題。法と非刹那体との共通基体ではないことになる。法と刹那体との共通基体であるから。「不成立」ならば、柱、主題。法と刹那体との共通基体であることになる。法であり、かつ、刹那体であるから。「第一証因不成立」ならば、柱、主題。法であることになる。それ自体を保持しているものであるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。「それ自体を保持しているもの」とは、法の定義であるから。「第二証因不成立」ならば、柱、主題。刹那体であることになる。無常であるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。刹那体、とはは無常の定義であるから。「先の第二証因が不成立」ならば、柱、主題。無いと理解する量が無いことになる。無ではないから。「不成立」ならば、柱、主題。無ではないことになる。量によって認識されないものではないからである。「不成立」ならば、柱、主題。量によって認識されないものではないことになる。量によって認識されるから。「不成立」ならば、柱、主題。量によって認識されるものであることになる。一切智の計量対象であるから。

自説の設定

「有ると理解する量が有る」ということと「有」との二つは述語等価遍充である。「有であると理解する量が有る」ならば、「有」で遍充し、「有」ならば、「有ると理解する量が有る」ことで遍充するからである。「無いと理解する量が有る」ことと「無」とは述語等価遍充である。「無いと理解する量が有る」ならば、「無」で遍充し、「無」ならば、「無いと理解する量が有る」ことで遍充するからである。「常住であると理解する量が有る」ということと「常住」との二つは述語等価遍充である。「常住」であれば、「常住であると理解する量が有る」ことで遍充し、「常住であると理解する量が有る」ならば、「常住」であることで遍充するからである。「事物であると理解する量が有る」ということと「事物」との二つは述語等価遍充である。「事物」であるならば、「事物であると理解する量が有る」ことで遍充し、「事物であると理解する量が有る」ならば、「事物」であることで遍充するからである。

「無いと理解する量が無いと理解する量が有る」ということと、「有」ということとの二つは述語等価遍充である。「有る」ならば、「無いと理解する量が無いと理解する量が有る」ことで遍充し、「無いと理解する量が無いと理解する量が有る」ならば、「有」によって遍充されからである。「不成立」ならば、無いと理解する量が無いと理解する量が有るものであれば、有であることで遍充されることになる。無いと理解する量が無いと理解する量が二つ、四つ、六つと偶数個有るならば、「有」で遍充するからである。「常住であると理解する量が事物であると理解する量が有る」ということと「常住」であるということとの二つは述語等価遍充である。「常住」であるならば、「常住であると理解する量が事物であると理解する量が有る」で遍充し、「常住であると理解する量が事物であると理解する量が有る」ならば、「常住」であるで遍充するからである。「事物であると理解する量が有ると理解する量が有る」ということと、「事物」との二つは述語等価遍充である。事物であれば、事物であると理解する量が有ると理解する量が有ることで遍充し、事物であると理解する量が有ると理解する量が有るならば、事物であることで遍充するからである。有ると理解する量が有ることと有ると理解する量が有ると理解する量が有るということとの二つは述語等価遍充である。有ると理解する量が有るならば、有ると理解する量が有ると理解する量をいくら積み重ねてても、有であることで遍充するからである。有ると理解する量が事物であると理解する量は有ることになる。有ると理解する量は事物であるからである。

「有」の定義は有る。「量によって認識されるもの」*これがそれであるからである。有と認識対象と基体成立と法などは同義である。「認識対象」の定義は有る。「意識の客体となり得るもの」がそれであるからである。基体成立の定義は有る。「量によって成立しているもの」がそれであるからである。「法」の定義は有る「それ自体を保持しているもの」がそれであるからである。

「有」を分けると二つ有る。「事物」と「常住」との二つが有るからでああ。「事物」の定義は有る。「実用性のあるもの」がそれであるから。「事物」と「所作」と「無常」との三つは同義である。

「事物」を分類すると三つ有る。「色」・「認識」・「不相応行」の三つが有るからである。「物質」の定義は有る。「原子として成立しているもの」がそれであるからである。「物質」・「色」は同義である。「物質」と「色」の二つを分類すれば、「外色」と「内色」との二つが有る。「外色」と「内色」の二つを分類すればそれぞれ五つずつある。先に説明したようなものが有るからである。「認識」の定義は有る。「明らかにし知るもの」がそれであるからである。「認識」・「意識」・「知覚」の三つは同義である。定義基体は有る。「一切種智」はそれであるから。「常住」を分類すれば二つ有る。「永久的常住」と「一時的常住」との二つが有るからである。「永久的常住」は設定可能である。「認識対象」と「有」との二つがそれであるからである。「一時的常住」は設定可能である。「壺の孤立」「柱の孤立」といったこの二つはそれであるから。

それに対する論難の払拭

ある人が言う、「壺、主題。常住であることになる。常住であると理解する量が事物であると理解する量が有るから。『不成立』ならば、壺、主題。常住であると理解する量が事物であると理解する量が有ることになる。常住であると理解する量が事物であると理解する量が無いと理解する量が有るから」と。対立遍充が該当。

ある人が言う、「認識対象、主題。事物であることになる。事物であると理解する量が無いと理解する量が有ると理解する量が有るから」と。対立遍充が該当。「不成立」ならば、認識対象、主題。事物であると理解する量が無いと理解する量が有ると理解する量が有ることになる。事物ではないから。