2020.10.11
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

再会の日を待つ、法座の上の外套

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・最終回
訳・文:野村正次郎

本詩篇の最後には、跋文として次のように記されている。

以上が『善説・水の論書、二つの教流の百の波紋』というものである。

本編は、これまで私自身の心に習気を置くため、という目的で、時折、顕密の教説にも数えることができる類いのものをを記してきたが、特に『樹の論書』は大変普及し、読者も多くなったことからか、それに対する注釈があったらよいと、賛辞と共に多くの功徳に飾られた方であるノムチ・シャプトゥン・ケルサン・ダルゲー師から何度も委嘱されたので、書き始めてみた。

しかし、法に関するサルガ(章)については道次第論以外には必要ないものであり、それの他のところは分かりやすいものばかりである。口誦さんでみるのも、譬喩としたものも、誰にでも親しみやすいものばかりであるので、これ以上は分かりやすくはできないように感じた。また着想とした修身書(nītiśāstra)たる吉祥主 Nāgārjunaの『百慧論』(Prajñāśataka, TD4328)『智慧の樹木』(Prajñādanḍa, TD4329)『養生滴』(Jantupoṣaṇabindu, TD4330)の三書、『チャーナキャラージャ修身書』(Cāṇakyarājanītiśāstra, TD4334)、Masūrākṣaの著した『修身書』(TD4335)、Sūryaguptaの『頌蔵』(Gāthākoṣa, TD4331)、〔Kamalagupta〕『無垢問答宝鬘』(Vimalapraśnottararatnamālā, TD4333)や『サキャ格言集』や書簡や教誨などを適宜引用して説明しても、全体の分量も大きくなってしまう。

そこでここでは「樹は水界によって育っていく」というこの喩えに合わせて、『樹の論書』には足りない部分を補いつつ、少し大きくし、そちらでは優劣や重要性などの順序で教法に関する章を編んでいたが、こちらではより高い境地に昇っていくことを後に置くことなどで、前掲書の意味上の注釈という形で著すこととした。

本詩篇は徳行者クンチョク・テンペー・ドンメが、寂静処イーガ・チュージンにて編んだものであり、筆記官は学識経験の豊富なビクシュ・ラトナーンタが務めた。これにより人々に善への桟橋が明らかになるための因とならんことを。

sarvakāle śreyo bhavatu

グンタン・テンペードンメ(1762–1823)は、東チベット・アムド地方のサンチュという場所で生まれ、7歳の時にクンケン・ジャムヤンシェーパ二世クンチョク・ジクメワンポより、「座主グンタンパ」の三世として認定され、17歳の時に、中央チベットに留学へと行き、デプン・ゴマン学堂で25歳まで学んだ。1792年30歳の時に、ラブラン・タシキル僧院の第21世となり、他の多くのゲルク派の化身ラマの指導を行いながら、アムド・ガワ・ゴマン僧院の初代僧院長に就任したり、ゴンルン・チャンパリンで指導するなど、主にアムド地方で活躍して大変有名となった。

特に1806年45歳の時からは、ラブラン・タシキル僧院の主として密教の成就法を行うための隠棲処イーガー・チュージンに居を構えて、秘密集会・勝楽・怖畏金剛をはじめとして、様々な行法を修法しつつも、生来の文才と詩学や執持学への深い教養を活かして、高僧の伝記や様々な詩篇を編んでいる。

本詩篇『水の教え』が生まれた背景は、先に彼が著した『樹の教え』が先に有名になり、その註釈の執筆依頼を受けたが、特に新しく書くこともないので、先に著した『樹の教え』が水によって成長していく、というような意味を込めながら、新たに僧俗を問わず、すべての人に共通する修身に関する部分から次第を追って、仏の境地にいたるまでのすべてを水の喩えを用いて詩篇とするということをやってみた、というのである。

本書に最初に触れることとなったのは、いまから20年も前になるが、2000年の年末くらいであっただろうか。東洋文庫を引退されてインドに帰国された師ケンスル・リンポチェ・テンパ・ゲルツェン師をお迎えする準備もかねて、2000年の秋に当時のゴマン学堂長スンチュ・ケンスル・リンポチェ・ツルティム・プンツォ師を日本にお迎えし、日本全国を行脚して頂きながら、デプン・ゴマン学堂の僧侶を支援する体制づくりを行った。その時一緒に来日された、ゲシェー・ロサン・チャンパ師は、ツアー終了後も半年間ほどお残りいただいて、その後どのような活動をしたらよいのか、ということを相談させていただきながら、一緒に様々なテキストを読んでいただきながら、私たちの会の事業に参加してくださったみなさんに役立つ何かいいテキストはないか、ということでこの『水の教え』のダイジェスト版でも作ればよいのでは、とご教示いただいた。

詩篇であるので、微妙なニュアンスをどう日本語にすればよいのか、中々難しいので、一緒に読んでいただきながら最初の翻訳をつくったのがきっかけとなった。当時はまだ大学院の博士課程に入ったばかりの頃であり、十分な翻訳とはいえなかったが、その後そのダイジェスト版を元に、日本別院でも何回かこのテキストを紹介する機会をもうけたが、全編の翻訳を完成することができないまま放置したままとなってしまっていた。

このたび感染症の拡大がはじまりつつあるころに、そもそも感染症は龍と関連する災害であるということもあり、龍の通り道である水の通り道をよくしてみると感染拡大はすこしでも抑えることができるかもしれない、と密かに思い、翻訳をはじめてみたが、半年たったいまは以前よりもひどい状況になってしまった。

夏くらいまでにはゴペル・リンポチェたちも再び戻ってこられるか、日本での活動は少し休憩して、または我々がインドへもっと学ぶ機会を作るかなどの打ち合わせもする予定にしていた。しかしインドでの感染拡大は徐々に増えていき、現在は世界第二位の被害となってしまった。先月からはとうとう本山デプン僧院やガンデン僧院でも感染者がでるなど、集団生活をしている僧院ならではの様々な問題が発生しており、翻訳の作成だけに満足せず、またもうすこし意味のある活動も必要ではないかと思われてならない。

昨年夏には十五年間行ってきた日本別院を龍蔵院から移転し、真光院にて再出発することとなったが、今後みなさまに参拝に来ていただいて、チベット仏教を代表する僧侶の方々を囲んで話をしたり、彼らの毎朝夕の祈りの言葉に仏教を見つめ直す機会を提供し続ける、ということは現在では不可能である。彼らの祈りの読経の代わりになればいいという思いから、私自身が彼らと過ごし、彼らの聖典を学びながら、ひとりの日本人として思索してきたものを、ひとつの受け取り方の例として、ここでは翻訳に添えてみた。このような形の手法はどうかと常に自問自答しながらも、私自身が彼らが語っている如来の物語から教えていただいたことを主にひとりの日本人の受け取り手として示してみた。

萩原朔太郎は『詩人の使命』という書のなかで、

訳詩という仕事は、真によく分かっている人には出来ず、全く解らない人にも出来ない、という一種不思議な仕事である。真に原詩のよく解っている人には、はじめから翻訳の不可能性を知って絶望している。詩の深い妙味を知り、言葉の複雑な意味をしれば知るほど、ますます絶望を強めてくる。ところでまた、全く原詩を知らない人には、もちろん翻訳は不可能である。そこで結局、言葉の表面の字義程度で、浅く六分通りに理解した人々が、最も適切な翻訳者であるということになる。

と述べているが、これは真実であろう。

一方では最近はダライ・ラマ法王もよく「私たちは昔インドの偉大なるテキストをほとんど全部インドの学者と一緒にチベット語に翻訳したから、自分たちの言葉で自分たちに必要な偉大なるナーランダー僧院の伝統を学び、考えることができるようになったのですよ。」と説かれている。弊会の活動はそもそも日本人が日本語でチベットの叡智を学ぶための翻訳や機会を提供するためにはじめたものでもあるので、多少の誤りは翻訳者だけの特権として、そこに説かれている内容を読者のみなさまが力技で読み解いてくださればいいのかもしれないとも思うこととした。

そもそも仏教というものは、最初からすべての生物にすべての言語で説かれたものであるので、詩の創作のような純粋なる芸術ではないので、多少の言葉上の厳格な意味の違いは融通を利かせていただくしかない。そこで修正とアップデートが容易なウェブメディアであるからこそできることかもしれないという思いとともに翻訳を進めてきた。

ただグンタン・テンペードンメのような巨匠の作品を翻訳していると文才のなさや教養のなさを痛感し、絶望的な思いに駆られるのも事実である。しかし一方では毎日流れてくる人間の暗黒面ばかり強調されているようなネットのことばの海に、せめて何か面白い、悠久の時を感じられるものがあればよい、大それたことは出来ないが面白いことをやっておこう、そう思うばかりであった。

先週くらいだっただろうか、ゴペル・リンポチェに次はどんなものを翻訳したらいいですかね、と連絡したところ、また様々な宿題を沢山いただいたのでこれまでのやりかけの仕事を完成させていくのと同時にそれにも取り組みたいと思う。

これらの翻訳と記事が無事に完成できたのは、なかなか面白いものを書いているね、最近更新してないけど病気ですか、とお褒めの言葉をいただいたり、時折連絡をくださる数少ない読者のみなさまのおかげである。ここに記して深く感謝申し上げたい。

最後になるチベットの仏典の読み方では、冒頭から最後までみんな読んだ後、再び冒頭に戻って少しだけ読み進め本を閉じる。これはまたその本をみんなで読む良き機会を作りましょうという祈りをこめて行うものである。これに倣い、冒頭のいくつかの詩に戻ってこの連載にひと段落をおきたいと思う。

智慧の海底は深遠で底が見えることもない

大悲の如意宝ですべての望みは満ちている

偉業は波打ち 常に揺れ動きつづけている

君よ 牟尼自在よ  法の大海に勝利あれ

1

濁りない澄明な流水が静かにせせらいでいる

身体ある者の苦痛のすべてが鎮められている

新しき善説 これは甘露の水となり

知性ある者に息吹きを与えんことを

2

馥郁とした澄明で浄らかなこの香水を

閼伽水とし仏前に陳べ 灑水とし撒く

どんな使途で用いても薫り善いものである

善説の物語もまた 常に美しいものである

3
再びラマがお戻りになられた日のために、チベットでは玉座の上にて外套を置いて待つ
水の教え →
冒頭からの一覧はこちら

RELATED POSTS