2020.09.22
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

彼岸色の夕暮れに、航海への旅支度を思う

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第128回
訳・文:野村正次郎

因たる乗の道程は長くとも

秘密真言の方便で速く行く

平地で動かし難い大船も

海に入れば遠くへ行ける

128

本日はちょうど秋分で御彼岸である。本日の夕陽は天空を赤く染め、雲間に隠れるように真西へと沈んでいく。この太陽は決して明日昇ってこないわけではない。

菩提心を起こした後、六波羅蜜を順次完成させ、二資糧を積集し十地を究竟して現等覚するまでには、三阿僧祇劫という極めて長期間に渡る修行が必要であると言われている。この修行のことを因の波羅蜜乗というが、その修行期間を短縮することができるのが、果の乗と呼ばれる秘密真言乗・金剛乗といわれるものである。因波羅蜜乗、すなわち顕教の実践をしながら、更に密教の実践を追加することで、成仏への道程の進行速度を早めることができるということを本偈は説いているが、この詩篇はここまで説かれてきたことのすべてが因の波羅蜜乗についての教えである。分量からも見ても、因波羅蜜乗で学ぶべき内容が如何に重要なことばかりか、ということは分かるであろう。

この期間の短縮について正しく知るためには、まずは三阿僧祇劫という時の長さを正確に知る必要があるので少し考えてみよう。

三阿僧祇劫とは、一劫の三倍を阿僧祇倍にした長さであるが。一阿僧祇(asaṃkhyāḥ)と一劫(kalpa)がどの程度の期間かといえば、倶舎論によれば、一阿僧祇は60桁の数字のことであり、10の59乗であり、三阿僧祇はその三倍であり、指数表示をすれば「3e+59」となる。一方、一劫(kalpa)がどの位の長さかというと、「賢劫千仏」と言われるように、現在の私たちが住んでいる劫には、釈尊を含めて千仏が降臨するが、次の弥勒仏の下生まで5億7600万年であり、単純に千倍のイメージをするならば、一劫は5760億年以上ということになり、三阿僧祇劫は「5.76e+13」年となり、大体6.30E+73日となる。密教の修行でじゃ最短で三年三カ月で即身成仏するとされるので、その比率を算定すると4.65e+56倍くらいの速度ということになり、人間の平均秒速と光の平均秒速との比率の約2e+48倍弱の超高速ということになる。現在の科学で観測可能な宇宙の果ては、4.63e+10光年先というが、つまり人間の平均の秒速でたどり着くことができる距離と比べると4.1e+37  = 40,999,999,999,999,993,032,382,929,543,828,078,592個分の宇宙の果てまでの距離たどり着くくらいの速度差があるということになる。計算したり想像しようとすること自体が徒労に思えるくらいの速度比率である。

こうした想像することすらも難しい速度比率で仏位を実現する密教の修行をするためには、まずは出離心と菩提心を起こしており、空性に関する正しい理解をもたなければ、密教を学ぶことすらできない。しかし、それらを実現したのならば、菩提心を起こして仏の境地を求める菩薩にとって、必ず学ばなければならないものである。何故ならば、仏の智慧法身と同類因となる波羅蜜乗による三昧智を修習する必要があるように、本来衆生済度を目指して発心したからこそ、衆生済度を実現できる仏の色身を得る必要があり、そのためには、三密一味の仏の色身の相好に対応するものを修行段階から必ず修習しなていなければ、仏位においても三密一味という果を実現することができないからである。そして具体的にどのようにしてこの三密一味を実現するのか、ということが説かれているのが密教ということになる。

賢劫千仏のなかで密教を説く仏は釈尊以外にはたったの数人の仏しか存在せず、極めて貴重な教えであると言われている。釈尊の弟子である我々にとって、その釈尊の慈悲深い思いを受け取らなければならない。本偈でも説くように、どんなに力持ちが寄ってたかっても平地では動かすことができない大きな船であっても、一度進水して海洋を航海する時には、スイスイと遠くまで航海して彼岸へと辿りつくことができる。そのためには、まずは出離心・菩提心・縁起への正しい理解という基礎を自分たちの心に培って、決して沈没しないような船を釈尊の説かれた通りに、つくらないといけない。出来損ないの船でいきなり海に出ても、ただただ沈むばかりである。

いつの日か彼岸へと辿りつくため、いまは決して焦ることなく沈没しない船を作るための営みを大切にしていきたいものである。


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