2020.07.20
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

難破する恐れのない、大型船で航海に出る

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第101回
訳・文:野村正次郎

この世間から護ってくる救済とは

欺くことのない三宝以外には無い

絶えまなく流される河から

彼を救い出すのは船長だけである

101

死と悪趣への再生の恐怖から救済することが出来る能力をもつのは、仏法僧の三宝以外にはない。仏法僧を信じその教えに従うことにより、私たちは死と悪趣への再生を克服することができる。しかるに仏教徒である限り、仏法僧に対する正しい信仰をもち、かつて釈尊とその教団によって伝えられてきたように、三宝に帰依し、三宝を正しく信仰し、別解脱戒を授かって、少なくとも死ぬまでは戒律を命がけで守り通すことによって、来世には善趣に転生することができるようになり、来世も人身を得て仏道修行に励んでいくことによって、最終的には解脱と一切相智の境位へと到達することができるようになる。

仏教が与える救済とは、まずは悪趣へ業と煩悩によって転生しないことであり、そして三界輪廻に業と煩悩によって転生しないことである。そのための方法である法宝、それを説く教主である仏法、その方法を具体的に実践するための私たちを支援してくれる仲間である僧宝、この三つは我々仏教徒にとって何よりも希有な宝であり、この三つの宝が私たちを輪廻の苦海から救い出してくれるのである。

仏教では、三宝に帰依しているのかどうか、ということが仏教徒であるかどうかの最低条件であるとしている。そして三宝に帰依している限り、禁止すべき事項がある。

仏に帰依している限り、梵天等の世間天を信用し救いを求めてはならないし、彼らの像等を礼拝してもいけないし、外道の教祖や悪友を信用してはならない。これは輪廻からの解脱を実現を可能とするのは仏宝だけであるという確信をもっていることの証左となる。

また法に帰依しているので、如何なる衆生であろうとも、傷つけ害してはならないのであり、他人にさせてもいけない。仏法のそのすべては衆生を利益するものであり、衆生を解脱させ一切智へいたらしめるものである、という確信をもっていることから、衆生利益とは反対のことをしようとすることは、法に違反する。私たちはたとえ自分の生命に危害が及びそうになろうとも、不殺生の誓いである律儀を捨てるべきではないのであり、それは在家信者であろうとも出家信者であろうとも特に戒律を授かって仏道修行をするものにとっては当たり前のことである。

そして僧宝に帰依する限り、外道の友や悪業を為す友を救済の手助けとなると信頼して帰依の友とすべきではない。もちろん他の宗教を信仰しているものとの調和や友好関係は築くべきことであるし、他の宗教における解脱観や哲学思想を知ることは、仏教を正しく理解するために必要なことではあるが、それらを心の底から信仰してはいけないのである。

これらの三宝帰依は仏教へ従事するための入り口であり、「門」であると言われている。そして私たちはこの門を通って広大な仏の教えに入門し、まずは帰依の感情を正しく調律し、三宝に礼拝しなければならない。礼拝とは、身口意の三門によって為すものであり、単に仏壇の前で御辞儀をしたりすることでもないし、言葉に出して「帰依仏・帰依法・帰依僧」と唱えることではなく、死と転生の恐怖を思い、その恐怖から救済してくれる唯一無二なる存在としての三宝を自分たちの苦海からの避難所として心に浮かべなければならないのである。単に身体で五体投地をするだけならば、他の動物でもできるし、単に言葉でお経を唱えるのであれば、それは鸚鵡でもできることである。我々は貴重な人身を得て、知性をもち、死の無常を思い、来世に悪趣に陥る可能性がどれだけ強く、そしてその悪趣がどれほどの激痛なのかを想像し、その上で輪廻の根元にある無我を理解していない無明を根絶させて無我を証解することを目指して、仏法僧へと帰依するのである。

今週の金曜日には、いよいよ今年も釈尊の初転法輪を記念する日を迎えることとなる。法輪とは、武器が敵軍を破壊するように、煩悩という敵軍を破壊してくれるものである。ここに記しているその教えのすべての源泉は釈尊による転法輪へと遡ることができる。釈尊の説かれた言葉は私たちにいまどれほど響いているのだろうか。私たちは釈尊の言葉をどれほど大切にして、その言葉を死後の拠り所としているのだろうか。今週はそのようなことを自問自答するのにもっとも相応しい一週間となるのだろう。

輪廻の苦海を航海するには、信頼できる船長のいる巨大な船が安心であり、すぐに難破してしまうようなレジャーボートでは難しい。

本記事は現在世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症の早期終結を祈願し、毎日1偈チベットの箴言を翻訳して連載して、配信しているものです。


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