2020.05.23
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

雑事に追われて自滅するより、のんびり賢く生きた方が楽しい

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第59回
訳・文:野村正次郎

無意味な仕事に追われてしまい

自ら力を失うとも勇者とは言われない

水のなかに移った自分の姿に敵対し

飛び込んで死んだ獅子と同じである

59

権力者はその権力を維持するために、無駄な仕事に忙殺され、重要な仕事に取り組んでいければ、その権力は次第に脆弱なものとなり、自ら破滅へと向かう。どんなに権力を誇っていてもその権力を失うのは一瞬であり、それを失ってしまえば、ただの人であり、どんなに威張ろうとしても人々は、そんな愚か者を称賛することはない。

昔、うさぎとライオンが話しをしていた時に、ライオンは自分よりも恐ろしい威厳のある動物はいない、と威張り、ウサギをかなりいじめていたらしい。日頃の恨みはつのりうさぎはいつか復讐してやろうと思いつつも、名案もなく、ライオンの恐ろしさと横暴にされるがままとなっていた。ある時うさぎは名案を思いついて、ライオンにいった。

「兄者よ、ある場所に兄者によく似た動物がいます。その者は『俺と私と力比べができる者がいるなら勝負しにやってくるがいい。来れないなら、所詮そいつは俺の奴隷のような者に過ぎないやつだ』とお耳に入れるのも憚れるような威張ったことを申しております。」

これを聞いたライオンは腹を立て「そんなやつはどこにいるんだ。力比べに行ってやろうじゃないか。そこに連れて行け。」というので、うさぎは少し遠くの深い池のところまで行き、「兄者よ、あの池のなかにおります。私は怖くて近づけませんので、ここから先はご自分でどうぞ。私はここで待っております。」といってライオンはひとりでその池の方に近寄って行った。

池のなかを見てみると自分と似たような猛獣がいるので、こやつかと思い、牙を向いたり、吠えてみたりしてもこの相手は何も動じないばかりか、やり返してくる。何とも生意気な猛獣だ。普通の動物ならすぐ怖がって萎縮するのに、こやつは動じないだけではなく、同じような仕草をして腹が立つ。そうライオンは思い、とうとう怒りは頂点に達して水のなかのその猛獣に襲いかかり、飛び込んた。そしてついにライオンは帰らぬ者となった。ライオンがいくら力が強くても、うさぎの知性には敵わなかったというのがこのエピソードである。本偈はこの逸話をベースにしている。

兎というのは仏典でもよく出てくる動物である。かつてケンスル・リンポチェの自坊ではかわいい兎が飼われており、いつもリンポチェが餌を与えれおられた。「兎ってのは、とっても平和な生き物なんですよ。悪いことはほとんどしません。人間に生まれても悪いことする人はたくさんいますけど、うさぎは動物のなかでも悪いことを全然しないんです。畜生道に生まれても、平和な動物に生まれるのは前世の善業の結果ですよ。人間に生まれても悪いことばかりする人も、悪業の結果ですよ」と教えてくださったものである。

本記事は現在世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症の早期終結を祈願し、毎日1偈チベットの箴言を翻訳して連載して、配信しているものです。


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