2020.05.22
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

堤の上を歩くことができる羊たちの群れ

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第58回
訳・文:野村正次郎

いまだ大事に至っていない時

順次対策を講じておくとよい

堤防は先に作っておかなけば

増水した時に放流させがたい

58

十四世紀後半に活躍したジェ・ツォンカパは、自らを諸国周遊の徒であると述べているように、彼が修行した様々な僧院や招かれた様々な僧院に滞在しながら活動していたことが伝記には記されている。実際に彼自身の大成した思想体系を表現し、完全に独立して自らの手で整備されていった僧院としては、ガンデン僧院だけが挙げられる。ジャムヤンチュージェが作ったデプン僧院はその分院としての成立したものであり、セラ僧院もまたそれと同じように分院として成立していったものである。ガンデン僧院の特徴としては、顕密双修の学堂を設け、秘密集会・勝楽・怖畏金剛を中心とした四部怛特羅すべての儀軌を常に実践する道場として成立している、という点をあげることができる。

ツォンカパは自ら自分の思想体系を社会組織として体現する「ゲルク派」という宗派を作った訳ではない。これまで日本のツォンカパの研究者の多くが「立教開宗」という表現を使ってきたことや、現在は社会組織として「ゲルク派」というものがあるので、そのようなイメージがあるが、当初は秘密集会を中心とする四部怛特羅の儀軌を行うための修行道場がガンデン僧院であり、そこを拠り所として集まってきた僧侶たちが「ガンデンパ」(ガンデンの人)と呼ばれたのである。ガンデンの成立背景については詳細はなかなか分からないが、ツォンカパが様々な場所で行なってきた活動では不具合が生じてきたので、別途専門道場をつくる必要があった、という説もある。ツォンカパが重視したような厳格な戒律に基づく顕教から密教まで連続したひとつの体系を具現し、エンサ・カギュ派の大印契やナーローの六法などをも含む秘密集会を中心とする四部怛特羅の儀軌を実践する道場としてガンデンが創設されたとも言われる。

私たちが昨年までやってきた日本別院事業は、諸般の事情で長年活動してきた土地である龍蔵院を離れざるを得ないこととなり、今回のインドの感染拡大状況下では、日本政府は完全にインドからの入国拒否の政策をとっているので、これまでやってきたような事業は根本的に見直しするべき時期になった。

昨年末ダライ・ラマ法王も正式にインターネットを通じて参加している受者たちも、伝法を受けることが可能であるという見解を述べられた。5月29日・30日には無聴衆のオンラインでの観音菩薩の灌頂が行われることとなった。この状況はチベット人にとっては大変歓迎すべきことである。日本の社会は一気にテレワークが進み、ほとんど意味のなかったような会合はかなりの数減少した。これまでの首都圏一極集中型の社会は見直され、地方都市の過疎化が改善される可能性もある。

もしもいまインターネットを通じたコミュニケーションや情報共有ができる時代になっていなければ、いまもっと混乱した状況になっている筈であるが、そうではない。チベット人たちは難民となって随分と前から直接対面できない状況が続いていたので、いまの状況になったとしても、中国政府の監視や通信遮断の網の目をかいくぐり、家族の対話はできている。

仏教を護持する、ということは、その言葉を語ること、そしてその語られた言葉を各自が思想として実践すること、それに尽きるとヴァスバンドゥは説いている。僧侶たちが集団生活し修行を行う場所と、一般の人がその僧侶から教えを聞く場所が必ずしも一か所である必要はない。デプン・ゴマン学堂の伝統をベースに仏教を学ぶための私たちの会の活動も、いまそれほど大事に至っていない状態で、根本的に見直すことができている。社会全体がコミュニケーションの手段を変えつつあるなか、私たちも事業のあり方をより理想的なものへと変容できればいい。

本記事は現在世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症の早期終結を祈願し、毎日1偈チベットの箴言を翻訳して連載して、配信しているものです。


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