2020.05.07
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

教法を薫習するサフランの芳香

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第43回
訳・文:野村正次郎

強烈な命令を発するより

懇願する方が制御しやすい

衣の匂いを落とすよりも

馨れる水で変える方がよい

43

行動変容のために、都市封鎖し、完全に自宅待機をさせている国も多いことは確かであるが、日本では基本的には自粛要請によって、現在感染拡大の防止に成功しつつある。もちろん緊急事態宣言が発令されてから、社会的にも他者の視点が気になるからだろうか、人々が行動を変容したことで、現在一日あたりの新規の感染者数が減少している傾向にある。この現在の日本の感染症対策の施策は、本偈で説かれているものと同じ趣旨である。

日本には香道というのがあり、その起源はインドから中国を経て、仏教と共に香木が焚かれる文化が輸入されている。平安時代の宮中では薫物合わせなどが盛んに行われるようになり、室町時代にはさまざまな流儀ができ、「聞香」「組香」と呼ばれる作法までも生まれ、香りは六国五味に分類されるが、この六国も現在でいうとインド産の伽羅をはじめとし、ミャンマー、マラッカなどの東南アジア産のものをよい香りであると認知するようになった。

第二次大戦後には、アメリカの西海岸からハーブを使った文化が日本にも輸入されるようになり、アロマテラピーなどのハーブ療法も普及するようになっている。源氏物語などに出てくる描写には、美しい男女は、袖を降ることで、美しい薫りを漂わせ、どんな香りがするのかによって、誰が来たのか、ということも特定できるようになった。このような文化は西洋にもあり、西欧では様々な香水が発展した。ただし西欧でも最近に至るまでは一部の貴族や特権階級しか、天然由来の香料を入手できなかったので、一般に普及した文化ではないが、近代になって化学的に香料を生産する合成香料が開発され、現代の香水市場では、合成香料と天然香料との両方が使用されているが、天然香料を使った自然療法としても盛んに利用されている。

このようななかでチベットの高山植物を使ったチベット医学のハーブ療法などについては、近年注目が浴びている。チベット人はいわゆる「サン」と呼ばれる香草を焚き狼煙をあげて、神々に香の供物を捧げる。仏前では線香が焚かれたり、閼伽水には乾燥したサフランを入れて、水を浄化したりする。これらの匂いはどんな匂いか実際に嗅いで見ないと分からないが、独特のとてもよい匂いがする。

平安貴族たちは薫る人々と謂れているのと同じように、チベットでは高僧たちは「教法の香り」を薫らせている人たちである。セラ、デプン、ガンデン、といったゲルク派の総本山の僧侶たちが歩いていると「総本山の僧集の香り」というものが漂うという。日本に来られるデプン・ゴマン学堂の僧侶の方がも、成田空港や関西空港に着いた瞬間から、この「総本山の僧集の香り」を漂わせている。「総本山の僧集の香り」とはおそらく夜明け前から自室にて読経や観想を長時間行い、仏典を暗記したり、問答法苑ことによって、袈裟に染み込んでいき、独特な方法で合成されていく香りであろう。その香りは僧侶たちの持ち物にも染み込んでいるので、たとえば布製のスーツケースなどにもその香りは移っている。

私たちには、それぞれ自分の香りというのがある。どんな香りを漂わせるのか、それは日々の自分たちの生活スタイルと密接に関わっている。果たして私たちは「教法の香り」を薫らせることができるのか。少なくとも悪業の香り、魔物の香りのするような人物にはならないよう、気をつけたいものである。善業の薫習というのは、実際にどんな薫りを私たちが漂わせることができるか、ということに密接に関係しているのである。

サフランの花
乾燥したサフランなどの香料
仏前に誂えられた閼伽水にはサフランで匂いがつけられる

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