2020.05.03
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

狂った仙人が入水自殺を図った河の流域

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第39回
訳・文:野村正次郎

悪しき者の仕業のひとつひとつが

広大な地域をも破壊してしまう

荒れる狂った仙人が飛び込んだので

徙多の流域は百分と知られるように

39

南瞻部洲の中心には、黄金を自性とする大地があり、その上には菩薩がそこで金剛喩定をして成仏するための金剛座がある。すべての仏がそこにおいて、成仏して見せることになっており、そこはいまのブッダガヤで、釈尊が成道した場所である。『阿毘達磨倶舍論』の世間品ではこのように説かれている。

瞻部洲より北に行くと九つの黒山があり、それを過ぎてさらに北にいくと大雪山(himavat)がある。そこからさらに北の香酔山(Gandhamādana)よりこちら側に、無熱悩池(Anavatapta)という五十由旬の大きさで八功徳水に満ち、神通力のない者は、そこへ行くことができない。その湖から四つの大河、恒河(Gaṅgā)・信度河(Sindhu) ・徙多河(sītā 私陀河)・縛芻河(Vakṣu)が流出しており、それらが四つの海に流入している。

この四大河のひとつ徙多河(sītā)は無熱悩池の北方の獅子のような口をしたところから流れ出ているものであるが、この徙多河の流域は『大唐西域記』や『不死蔵』(Amarakośa)の注釈書などによると別名「百に分岐した場所」(設多図盧国・śatadru)と謂れ、三蔵法師玄奘は実際にここを訪れているようである。

このシーター河の流域が何故「百に分流した場所」と呼ばれるかというと、『リグ・ヴェーダ』の讃歌の作者のひとりとされる聖仙ヴァシシュタが、ある時自分の百人の息子たちがすべて食人鬼ラークシャサに食われてしまったことで悲歎にくれ、生きる希望を失い様々な方法で自殺しようとした時、シーター河に身を投げたら、シーター河の本体である女神が大変恐れて百の方法に分流してしまったという故事にもとづいている。この故事は『マハーバーラタ』初編などの文献にあるものである

現在のインド学では無熱悩池はカイラス山の麓にあるマナサロワール湖のことであり、シーター河はサトレジ河のことであろう、と同定するが、必ずしも古代の神話の記述と一致しない部分も多く、シーター河流域はカーラチャクラ・タントラに説かれるシャンバラ王国などの場所を特定する際にも問題となるものであるので、実際にいまの中央アジア域のどこにあるのかを特定することは大変難しいが、すくなくとも玄奘三蔵の時代には、「設多図盧国」という記述があり、その記述をした玄奘三蔵は『阿毘達磨倶舍論』の翻訳者でもあるので、その時代にその場所と呼ばれる国があったことは事実である。

本偈はひとつの悪しき者の行いが、広大な地域を破壊してしまうことがある、ということを教えているものであり、その譬喩としてシーター河の故事が用いられている。徙多河の故事は、古代のインドの神話『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』などをベースにしているのであり、チベットでも有名なのであろう。玄奘三蔵の『大唐西域記』はチベット語訳もされており、チベットの教養人たちによっても読まれているテキストであることは確かである。『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』『大唐西域記』などはアジアの古典のなかの古典である。私たちがインドに発祥した仏教を理解する上で、必ず役にたつ。外出自粛期間はまだもう少し続くようなので、これを機会に読み返してみるといいと思われる。

サトレジ河

RELATED POSTS