2020.05.01
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

他者に惑わされることもない閑雅な静物のように

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第37回
訳・文:野村正次郎

勝れた者たちは危害を加えられるとも

怒ることもせずに閑雅に過ごすのだろう

沸騰する呪文をかけられた水は

熱湯を加えても冷たいままである

37

ここで「沸騰する呪文」というのは、熱さなくても呪文をかけただけで水が沸騰するようになるような呪文のことである。そのような呪文をかけられた水は、沸騰した熱湯を加えたとしても温度は低いまま保っている。それと同じように法を知る勝れた者たちは、たとえ不条理に暴行を受けたり、迫害されたり、様々な危害が加えられたとしても、決して怒ることもなく、静かに安寧に過ごしたままである、という不動の状態を表している。

これは精神修養によって、精神状態が撹乱されない、安定した状態であることを表現しているものである。具体的に水を沸騰させるための呪文ないしは真言や陀羅尼というのがどんなものかは、不明であるが、インドやチベットの社会では、高度な教義や密教の思想とはあまり関係ないところで、様々なマントラによって現世利益を実現するためのマントラというのが伝わっている。ジャムヤンシェーパも幼少期に文字の読み書きをはじめ、こういった現世利益のためのマントラなどを学んだと伝記には記載されており、実際にそのような現世利益のためのマントラ集の書物なども現存しているので、恐らく水を沸騰させる呪文というのがあるのであろう。

これに関していえば、我々の知る限り、たとえばこういうものがある。以前ジャドー・リンポチェが宮島大聖院でダライ・ラマ法王が両部曼陀羅の灌頂会の準備のために2週間程度先に来日してくださって、さまざまな準備を行ったのだが、その時にジャドー・リンポチェは故郷チベットのチャンタン高原の遊牧民には、女性の顔の滲みを消すためのマントラというのがあり、満月の夜に箒を月にかざして、そのマントラを唱えると滲みが消える、という言い伝えがあるので、それを教えてあげよう、と何人かの女性たちに教えておられたのを思いだす。リンポチェによるとチャンタン高原の女性たちはそれによって美貌を保っている、とのことであるが、そもそもそういう迷信のようなものは、あまりあてにしてはいけないので、基本的には知っていても、それを一生懸命みなに教えるのはよくないことだ、とおっしゃっていた。そしてまた護符にしても、そういうマントラにしても、その種類のものは、いづれにしてもそのような魔除けや現世利益のようなものは、しっかりとした典拠が仏典に認められるものではないので、そういうものを宣伝するのはよくないことだということらしい。そのようなものを求めて過剰に歓喜することは、却って魔に取り憑かれてしまうので、仏法僧に帰依したり、菩提心と無我の修習などに励むことこそが、仏教徒としてあるべき姿である、と教えてくださった。

チベットのラマたちは、中国の圧政に耐え忍んではや何十年もたっている。しかし彼らは決して怒り狂って報復をしたりすることはよくないことである、と深く理解している。現世利益のさまざまな教えは、もちろん人々を惑わし、魔除けをしようと思った人たちを却って魔に取り憑かれやすい状態をつくったりする。彼らはさまざまなことを知っているが、もっとも大切なことを常に心に描きながら、閑雅に過ごし、さまざまな分別によって散乱することはない。諸仏や諸菩薩は常に煩悩の滅尽を目指す涅槃寂静の教えからはずれることはない。このような状態を仏教では不放逸と呼ぶ。

金剛杵と金剛鈴は、ダイヤモンドのように堅固な方便と智慧が無区別である状態を表している。

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