傲慢で乱暴な者に対しては
無関係な人でさえ敵視する
高慢で迷惑だったガンガーも
ジャフヌの怒りで一気に飲み干された
本偈は品のある高潔な振る舞いをしていなければ、いつの間にか多くの敵を作ってしまうことを説いてる。直接には全く関係がない人たちのなかでも、奢り昂った行は好ましくないのであり、自ら自制して、どんな他者に対しても、やさしく、敬意を持って接しなければいけない、ということを説いてる。
本偈が譬えてるのは、ガンジス河の由来となった女神ガンガーが、最初にこの地上にやって来た所謂「ガンガーの降下」の逸話の中の余談である。
現在のガンジス河は、女神ガンガーそのものであると信仰されているが、元々それはそこにあったものではない。ガンガーがそこにやって来たのは、当時の人間の大王バギーラタの努力によるものであり、大王バギーラタは先祖を供養するために、ガンガーを地上に招聘し、ガンガーの聖水によって彼らの魂の救済を求めた。大王バギーラタはブラフマンに頼んで、女神ガンガーを人間界に連れてこようとして、ブラフマンもこれを承諾し、ガンガーの落下の衝撃に大地が耐えられないので、まずは天界からシヴァの頭上の髪の中にガンガーを一度降ろした。このシヴァの頭上の髪のもつれが所謂ヒマラヤ山脈である。ガンガーはそこからすぐには人間界にゆくことができず、数年間止まったが、最終的にシヴァはガンガーを振り落とし地上に落ちることになる。ちょうど落ちた場所には全くこのこととは無関係に偉大なる仙人ジャフヌが静かに苦行の修行をしていたが、ガンガーの落下の衝撃により、ジャフヌが心静かに瑜伽行を行っていたその場所を流し去ってしまうことになったのである。
自分の道場を流された仙人ジャフヌ大いに怒り、「我が道場とその近隣で、この奢り昂った女は何とも騒がしく迷惑なことをするものだ。どんな理由があるにせよ、こうも遠慮もなく傍若無人に振るまうのはよくない。何とも酷い振る舞いであり、この女は何とも罪深い。」そう述べて、ガンガーを一気にすべて飲み干してしまった。
ジャフヌの怒りを買いガンガーは飲み干されてしまったので、元々ガンガーを地上に下ろして海まで流れさせる使命を持っていた大王バギーラタや神々たちは大いに反省し、ジャフヌに対して様々な事情を説明し謝罪をし、ガンガーをどうか許してやって欲しい、と仲裁した。ジャフヌはそこで耳からガンガーを解放してやり、最終的にはガンガーは大王バギーラタの先導で無事に海にまで流れることができるようになった。この時に地下の六万の王子たちの灰の上を流れ、バギーラタの祖先たちの魂は供養されて天界へと転生することができるようになった。この事件に基づいてガンガーのことを「ジャフヌの娘」(jāhnavī)とも呼ばれるようになり、ガンガーの聖水で沐浴をすれば、天界へと転生できると今でもヒンドゥー教では篤く信仰されている。
これらのインドの神話は、チベットの文化の奥深い神話のひとつとして継承されている。チベットの仏教はインドの仏教の延長線上にあるだけではなく、チベットの神々もインドの神話と切り離せない関係にある。『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』の逸話はチベットの知識人たちにとっては、日本の文化における『詩経』『礼記』『春秋』などと同じように、いまも畏敬の念を持って取り扱われているものである。


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『原典訳マハーバーラタ』
訳・上村勝彦
第1巻から第8巻
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