2020.04.19
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

人間を信頼してしまった雁の王のものがたり

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第25回
訳・文:野村正次郎

親しくない人と付き合いはじめる時

信頼し過ぎて危険に陥ることもある

菩薩であった雁の王と雁の大臣も

新しい湖では罠に架けられたように

25

昔釈尊は、マーナサ(如意)という名前の湖に、ドゥリタラーシュトラ(護国)という名前の雁の王として生まれていた。この雁の王国には、正しいことと正しくないことをよく分別し、非常に多くのことを記憶でき、品格と人徳とを兼ね備え、揺るぎない忠誠心をもつ筆頭の家来、スムカ(美貌)という大臣によって何万羽の群れが率いられていた。このスムカは後の阿難陀尊者である。

王と大臣とは、常に慈しみ合い、助け合い、群れ全体を利することに長けていた。その関係は師匠と弟子、父親と長男のような関係であった。その二羽が率いる雁の群れは、神々や龍、夜叉、ガンダルヴァたちが、湖に咲く白蓮のように美しく、決して分裂することのない、連帯した理想の集団である、そう称賛するようになった。次第に名声は世界中へと知れ渡って行った。

ちょうどその頃、インドのベナレス国(バーラーナーシー)には、ブラフマダッタ(梵檀)という王がいた。ベナレス国の家臣たちは、二羽の率いている雁の群れの評判を何度も語った。それは王の耳に入ることとなり、王は次第に何としてもその二羽を実際に見てみたい、そう思うようになった。

王はその雁の群れを見るために、何とかその二羽を連れてくる手段はないか、家来たちに聞いた。するとある学者はいった。

彼らの群れが住んでいるマーナサ湖をはるかに凌駕する美しく素晴らしい湖を人造でこの国に作りましょう。そしてそこを鳥たちの楽園にしましょう。そこは快適で安全な鳥たちの最高の楽園であると評判が広がれば、いずれはその群れもやってくるでしょう。

こう進言した。王は、この助言に基づいて、実に豪華絢爛で、色彩豊かな花や樹々に囲まれた、巨大で美しい湖を新しく造営した。ところどころに設置した日除のための傘には「ここは鳥の楽園です。どうぞ自由に快適に過ごしてください」というメッセージを記した。それだけではなく毎日その公園からは天空に響き渡るように「これは王からすべての鳥たちへの贈り物です。鳥たちよ、どうかここで、自由に恐れることなく、快適に過ごしてください」というメッセージを発信し続けた。

秋がきて、マーナサ湖から飛び立った何羽かの雁が、空からこのベナレスにできた、新しい湖を眼にした。美しく花は咲き乱れ、湖には大きな蓮が生い茂り、様々な生き物が楽しそうに過ごしていた。そこでその雁たりはしばらくそこに降り立って過ごすことにして、冬を越えて、次の夏までその湖に滞在した。雁たちは孔雀やほかの鳥たちとともに十分にこの快楽の楽園を十分に満喫した後、王のいるマーナサ湖へと帰ることにした。

マーナサ湖に戻った後でこの雁たちは、この王に報告して言った。

「このヒマラヤの南方のバーラーナーシという人間の住んでいる国があります。そこにはブラフマダッタという王がいて、彼は実に素晴らしい湖を作り、そこを鳥たちの楽園として運営しています。自由に好きなだけそこに滞在していいことになっていますし、私たちの群れも次にそこに行くといいと思いますが如何でしょうか」

この進言を聞いていたほかの雁たちも、そんなに素晴らしい湖なら、是非そこに行ってみたい、と思うようになり、雁王は大臣スムカに「皆はこう言っているが、お前はどう思うか」と尋ねたのである。大臣は答えて言った。

「王よ、私は個人的にはそこに行く方がいいとは思いません。何故かと申しますと、それは所詮人造のものであって、単なる誘惑に過ぎないのであって、私たちが本当に必要なものではありません。私たち鳥たちや鹿や馬は、意思と言動が一致している動物です。しかし人間というものは、そうではありません。中には嘘をつく者も多いといいますし、彼らの慈悲心も確実なものでなく、騙し合い、裏切り合うのが常なのです。私たちもその誘惑に騙されるかも知れません。人間の言葉は、自分たちが意図したこととは全く逆のことを話すことができるのです。ですから私たちは慎重に行動しなくてはいけないと思います。完全に引っ越してしまうのはよくないでしょう。もしどうしても行くのなら、完全に引っ越すのではなく、あくまでも一時的な滞在地として訪れて、その素晴らしさを少しだけ堪能し戻ってきた方がいいと思います」

Jatakamālāのタンカ

大臣はこのように進言し秋になり月も星も明るく輝いていたある日、王は群れの皆の気持ちを汲み、王とスムカの率いる雁の群は旅立ち、その新しい湖へと行くこととなった。到着した新しい湖は、マーナサ湖をはるかに凌駕する楽しい場所であり、すぐに群の雁たちもそこにずっと居たいと思うようになり、遂にはマーナサ湖に戻らなくてはいけないことなど思い出すこともなくなってしまったのである。

この様子を見ていた湖の管理人は、ブラフマダッタ王に報告した。

「あの大変評判の高い雁の群がついにやってきました。評判通り雁の王と大臣は、非常に美しく金色に輝く羽をもっているだけではなく、足にいたるまで全身が金色に輝いています。背丈もあり、神々が湖を荘厳するかの如く美しい姿でいまそこにおります。」

これを聞いた王は大変喜んで、何とかしてその雁の王と大臣の二羽を捕獲したいと思うようになり、鳥の捕獲に長けた家来にその二羽の捕獲を命じたのである。その家来は、密かに湖へと赴いて、雁の王と大臣の行動をよく観察し、その二羽に最適なる罠を考案して作成し、密かに設置することとなった。

雁の群れたちは、いま一時的に滞在している、という気持ちはもう完全に忘れてしまい、快楽に耽って暮らし、誰もここでは危害を加えるものなどいない、とすっかりと油断しきっていた。雁の王もまた静かに自分の群がその快楽を十分に楽しんでいるのを見守っていたところ、油断していたからか、すぐに足は罠にかかり捕われて動けなくなってしまったのである。雁の王は自分の注意力の散漫を多いに反省しながらも、まずは自分の群れをここから避難させなければならないので、特殊な声を発して

「私も捕まってしまった。ここは危険なので直ちに全員避難せよ」

と避難命令を発したのである。群の雁たちは、自分たちの王が捕われてしまったことに恐れ慄き、ただちに飛び立ち、お互いの顔を確認しあう間もなく、一目散に逃げ去っていたのである。

以上はアールヤシューラの『ジャータカマーラー』(本生蔓)第22話の「ハムサ本生」の冒頭部分の第一幕をまとめたものである。

捕らえられた雁の王とそこに止まった雁の大臣スムカの物語はさらに続いてる。詳しくは干潟龍祥諸氏による『ジャータカマーラー』に珠玉の和訳があるので、それを参照されたい。『本生蔓』はチベットでも『ブッダチャリタ』と同様に大変よく読まれたものであり、チベットにおける釈尊像は『ラリタヴィスタラ』(方廣大莊嚴經)『ジャータカマーラー』『ブッダチャリタ』という三書および『根本説一切有部苾芻尼毘奈耶』に基づいている。『ジャータカマーラー』はジェ・ツォンカパが神変大祈願祭ですべての参拝者に対して説法した伝統が、現在も継続している。(ただし今年は延期となった)グンタン・リンポチェの師であるツェチョクリン・ヨンジン・イシギェルツェンは、『本生蔓』に対する詳しい注釈と要約版を著しており、『ジャータカマーラー』の研究の伝統はチベットでも大変盛んなものである。

ここではハムサを「雁」としておいたが、ハムサ鳥・ハンサ鳥というのはインドの伝説の鳥であり、白い鵞鳥や白鳥のような姿をしブラフマンの乗り物であるとされている。ハムサ鳥はインドガン(印度雁 Anser indicus)がモデルになっていると言われている。現代の日本語では、カモ科の鳥のことであるので、鵞鳥・白鳥・雁などの様々な翻訳ができる。ハムサ鳥のモデルである、インドガンはカモ目カモ科マガン属に属し、北はロシア南東部から南はインドやスリランカまで、東は主に中国西部、西はカザフスタンやタジキスタンまでの中央アジア全体を飛んでいる鳥である。春夏はチベットのアムドやモンゴル高原などに多く出現し、近年の研究では最高高度6000メートル以上の高度を飛行することができ、たったの8時間でヒマラヤ山脈を越えて往来できるとのことである。インドガンは現在地球上で確認できる鳥類の中で、もっとも高く飛ぶことができる鳥であり、数千年前にヒマラヤ山脈がまだ低かった時代からヒマラヤ山脈を飛んで往来していたため、今日でもヒマラヤ山脈を迂回することなく、3000kmから5000kmの距離をまっすぐ飛んでいく驚異的な鳥である。インドガンは鳥インフルエンザにかかった報告などもあり、中央アジア全体の文明に極めて密接に関係している興味深い鳥類である。

本偈では、親しくない見知らぬ人間と付き合うときには、十分な注意が必要であるということを説いている。新らしい魅力的な誘惑は、本来は不要不急なものであり、たとえ善意に満ちていたとしても、決して急いで過度に信頼したり、誘惑のなかには様々な危険な思惑もあるので、それに翻弄されてはいけない、ということを説いている。


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