2020.04.06
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

インド・チベット仏教文明のグローバル化

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第14回
訳・文:野村正次郎

巨大な帆船が大海を荘厳し

翳りなき月が天空を荘厳する

賢しこき者が教説を荘厳し

道を導く者が勇軍を荘厳する

14

アムドに生まれた、グンタン・テンペー・ドンメ(1762-1823)は、ジャムヤンシェーパ二世クンケン・ジクメワンポによって化身認定され、幼少期からチベット語はもちろんのこと、サンスクリット語・モンゴル語・中国語も学び、若くしてデプン・ゴマン学堂に学び、22歳にしてほぼすべての学問を修めて以降、ふたたび1786年にアムドに戻ってからはクンケン・ジクメワンポによって開創されたガワ地域のタシゴマン僧院、ラブラン・タシキル僧院、ゴンルン僧院(ゴンルン・チャンパリン)といったアムド地域の重要がゲルク派の僧院の座主や管長を務めながら、アムドにおける仏法交流に大きな功績を残した人物である。

この18世期後半から19世期初頭にかけては、ダライ・ラマ八世ジャンペル・ギャツォ、九世ルントク・ギャツォ、十世ツルティム・ギャツォの時代であり、この時代は清朝の最盛期である乾隆帝の時代であり、日本でいえば宝暦から文政年間にあたり、寛政の改革によって朱子学が幕府の御用学問になり、日本全国に藩校が整備されていき、大塩平八郎がいた時代である。

中央アジアでは、乾隆帝の率いる清朝が最大勢力を誇った時代である。同時に、清朝によるチベット仏教を擁護する政策の最高潮の時代であるといえる。乾隆帝の仏教擁護政策については早稲田大学の石濱裕美子先生の『清朝とチベット仏教~菩薩王となった乾隆帝』(早稲田大学出版部・2011年)に詳しく考察されるように、この時代のチベット仏教は清朝からブリヤートに至るまで大きな勢力を拡大した時代である。石濱先生の本には乾隆帝が仏教で理想とされている転輪聖王としてどのように振る舞おうとしたのか、ということが書いてあり、大変興味深いので是非読んでみるといい。

乾隆帝のはじめにはそれまでの仏典を集成して編纂した世界の至宝である『乾隆大蔵経』が完成した漢語の古典を集めた『四庫全書』を編纂したり、満州語・チベット語・モンゴル語・ウイグル語・漢語のを対照させた多言語辞書であるチャンキャ・リンポチェが関わった『御製五体清文鑑』三十六巻が完成している。これらの様々な文化活動で活躍したチベット人僧侶たちが学んだ学問僧院がデプン・ゴマン学堂となる。

当時のチベットはグルカ軍隊によって悩まされてはいたものの、清朝の軍事的な支援を受けて、豊潤な文化が培われる時代でもあった。この時代にはチャンキャやトゥカンなど、実際に清朝皇帝の庇護を受け、北京で帰依を受け文化交流に寄与した大ラマたちもいるが、グンタン・リンポチェのように、それまでの仏教の教理や文化を統合しながら、多角的な豊潤な伝統文化を基礎として、チベット文化圏全域で愛される作品を執筆した、創造的な学者も輩出している。グンタン・リンポチェが入滅する前年にはヨーロッパ最初のチベット学者チョーマ・デ・ケーレスがラダックに入おり、その後近現代へと続く重要な時代に活躍した人物である。この時代は、それまでサンスクリット語からの輸入によって成長してきたチベットの仏教文化が、世界のさまざまな言語の翻訳され、輸出がはじまったグローバル時代の幕開けであるといえる。

グンタン・リンポチェは英文学でいうとちょうどウィリアム・ブレイク(William Blake, 1757-1827)と同時代である。日本の文化でいえば、馬琴や北斎の時代である。英米文学を語る上で、シェイクスピアやブレイクが決して外せない存在であるし、シェイクスピアやブレイクを研究することは無意味であるという人はいないだろう。それと同じように馬琴や北斎を研究することは無意味であるとはいないだろう。しかしながら、現在の日本ではグンタン・リンポチェのテキストを研究することを無意味であると考える日本の研究者もたくさんいる。「チベット仏教は所詮インド仏教の模倣であるので、チベットの仏教を研究することは無意味であり、インドの初期仏教や初期大乗仏教を研究すべきである」という風潮は今日でもある。

しかしよく考えてみれ、これは実に荒唐無稽な主張である。ヨーロッパから若い研究者がやってきて『南総里見八犬伝』や『北斎漫画』を研究したいと志した時、日本の文化は所詮中国文化の模倣に過ぎないので、王義之や顧愷之や杜甫や李白を研究しなさい、と言っているのに等しい。シェイクスピアやブレイクを研究しようと思う人がいるときに、イギリス文学は所詮ラテン文学の模倣であるので、カエサルの『ガリア戦記』を学びなさい、とは言わないだろう。そんなことを言うのであれば、与謝野晶子の『源氏物語』を研究するためには、司馬遷の『史記』を研究しなければならなくなるのである。もちろん与謝野晶子の『源氏物語』を研究するためには、司馬遷の『史記』に対する教養は必要である。『北斎漫画』を研究するためには、王義之や顧愷之や杜甫や李白についての理解も必要である。しかしながらそれらは所詮、国も言語も時代も背景も全く異なったものである。

たとえば、いま日本では新型コロナウイルス感染症について、多くの医学関係者が研究している。しかしこれらの研究には英語と母語である日本語だけであって、グンタン・リンポチを研究するために必要な、チベット語やサンスクリット語、そして満州語や漢語に対する知識も必要ではない。また感染症についても近年のウイルス性の肺炎などの症例を参照すればよいのであって、古代に存在した疫病の歴史などを知っている必要はない。

「新型コロナウイルス感染症を研究するためには、武漢がもともと楚の発祥地なので、まずは『春秋左氏伝』を研究しなければいけない」としたらどうなるだろうか。『春秋左氏伝』に記載されている古代の遺跡の微生物の化石の遺伝子から、いまのウイルスのワクチンを培養できる可能性はゼロではない。しかし世界中の研究者がいま『春秋左氏伝』を毎日研究しなければならないならどうなるだろう。まずは漢文が読めなくてはいけないので、感染症研究者が漢文が読めるようになるまで数年はかかる。その間感染症の症状で亡くなる人の数は決して減らない。そしてその後に感染症研究者は『春秋左氏伝』のテキスト校訂や遺跡との照合などに忙殺され、有効な治験データを集めて重篤患者に有効な処置方法が開発されるのは、もう何十年も遅れることは必至であろう。その何十年もの間にできる死体の山はひょっとすると富士山の高さぐらいになるかも知れない。

我々は、いま自宅で静かに何かを学んだり、自宅でできることをすべきことが求められている。政府がいくら補償してくれるか、ということを気にはなるだろうが、まずは自分の生命を自分できちんと守り、そして感染媒介者になってウイルスを運んで他人を殺さないように気を付けることから、ではないか、と思われてならない。

本偈には「巨大な帆船が大海を荘厳し、翳りなき月が天空を荘厳する」とあるように、どのような時であって、偉大なる存在は、常に輝きを失うことはない。感染症が拡大しているこのいまの時代にも必ず、偉大なる出来事というのはある。小さな情報に一喜一憂したりすべきではなく、私たちは心の静寂を取り戻すべきである。仏教とは心の静寂を持続することのみが、真の幸福を実現する、と説いている。いまの感染症対策は専門家に任せて、仏教で説かれている人生の意味やことばに静かに考え、我々は自分たちの精神の挙動へと視点を向けるべきではないだろうか。少なくともこの連載で、グンタン・リンポチェの言葉がそういう思考の手がかりとなればいいと思う。

グンタン・リンポチェが活躍したアムド・ガワのタシゴマン僧院

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