2015.04.05

チベット仏教研究の過去と未来

東洋文庫からGOMANG ACADEMYへ
福田洋一

はじめに

私は現在大谷大学でチベット仏教を教えている福田と申します。10年前に大谷大学に移動する前は、東京の東洋文庫チベット研究室の専任研究員としてチベット仏教の基礎研究を行っていました。本日は、東洋文庫のチベット研究室を中心として私自身が関わってきたチベット仏教研究について簡単に概略をご説明したいと思います。

東洋文庫におけるチベット仏教研究の歴史

1901年に日本人で初めてラサに到達した河口慧海 (1866–1945) は、1940年、75歳のときに、チベットから持ち帰った文献を東洋文庫に寄贈し、蔵和辞典編纂室を設けて辞書編纂の仕事に当たった。ここが後のチベット研究室の前身である。

1913年から1923年までセラ寺で修行しゲシェ位を授かった多田等観 (1890–1967) が、1956年から東洋文庫のチベット研究室長となった。1960年代、亡命チベット人学僧を各国のチベット研究機関に派遣するロックフェラー財団のプロジェクトにより、東洋文庫は日本のチベット学研究センターとして三人のチベット人を受け入れることになった。多田等観師と、後にチベット学会会長および東洋文庫理事長になる北村甫先生が猊下に人選をお願いするためにダラムサラを訪れた。1961年、ゴル寺の化身僧ソナム・ギャツォ師、ニンマ派のケツンサンポ師、貴族の娘ツェリンドルマさんが来日し、東洋文庫において「チベット人との共同研究」が始まった。その後もチベット人研究員を招聘し、最後は1979年にゴマン学堂のケンスル・リンポチェ・テンパ・ゲルツェン師(ゲシェラー)をお招きした。ゲシェラーは、途中、2年ほどゴマンのケンポを務めるためにインドに帰国されたが、前後15年の間東洋文庫でわれわれの指導に当たられた。

チベット研究室の研究活動としては、トゥケンの『チベット仏教宗派史』の翻訳研究が断続的に続けられ、数人が分担して、現在ほぼ全体の訳注が刊行されている。ソナム・ギャツォ師の将来したサキャ全書を出版し、またイギリスの大英図書館に所蔵されている敦煌出土のチベット語文献の目録を12巻作成した。

チベット研究室専任研究員になってからの研究事業

1985年、私がチベット研究室の専任研究員に赴任し、ゲシェラーに教えを乞いながら、チベット仏教研究のための基礎研究を始めた。

まず、後に紹介する石濱裕美子先生とともに、ダルマキールティの『プラマーナ・ヴァールティカ』のチベット人学僧 (サキャ派のウユクパ・リクペーセンゲ、コラムパ、シャーキャチョクデン、ゲルク派のギェルツァプジェ、ケードゥプジェ、ゲンドゥンドゥプ) による6つの注釈書 のサチェーを対照させた本を刊行した (A Comparative Table of Sa-bcad of the Pramāṇavārttika found in Tibetan Commentaries on the Pramāṇavārttika, 1986)。

次に、815年に仏典翻訳のためのサンスクリット語とチベット語の対照語彙集として編纂された『翻訳名義大集 (bye brag tu rtogs par byed pa chen po)』にモンゴル語を対照させた新校訂本を刊行した (A New Critical Edition of the Mahāvyutpatti: Sanskrit-Tibetan-Mongolian Dictionary of Buddhis Terminology, 1989)。

私は大学院ではダルマキールティの論理学の研究をしていたが、チベット論理学については、テキストを読んでもほとんど理解できなかった。そこでゲシェラに『セ・ドゥラ(bse bsdus grwa)』を丁寧に教えていただき初めてチベット論理学書を読めるようになった。

その知識を元に、当時最も古いチベット論理学書であったサキャ・パンディタの 『正しい認識の論理の宝庫(リクテル)』の訳注を少しずつ刊行していった (1989–1994、第四章まで全6冊)。

基礎研究としては、ジェ・ツォンカパ、ギェルツァプジェ、ケードゥプジェ、ジェゲンドゥンドゥプの四人の全集の中から顕教の全ての著作のサチェーを抜き出して整理したシリーズを刊行した (1996–1999, 全四冊)。ここにいる現銀谷史明さん、石川美恵さん、西沢史仁さん、野村さんが分担して作成したものである。

この間、ほぼ30年近く、大学院生などを集めてチベット語文献の講読や授業を行ってきた。ツォンカパの中観関係の諸著作(『菩提道次第大論』『了義未了義の区別・善説心髄』『中論釈・正理大海』『菩提道次第小論』『入中論釈・密意解明』)、『学説綱要書・宝の環』、『ゴムデ中観概論』、チベット語訳『プラサンナパダー』、論理学書では、『ヨンジン・ドゥラ』『セ・ドゥラ』などの論理学綱要書、サキャパンディタの『リクテル』、ギェルツァプジェの『プラマーナ・ヴァールティカ注』および『プラマーナ・ヴィニシュチャヤ注』などを講読してきた。またチベット仏教文献を読解するためのチベット語文語文法の授業も開いている。

私の専門に関する研究

私自身は、仏教論理学とツォンカパの中観思想を研究している。

ツォンカパの中観思想の研究としては、中観派の不共の勝法、すなわち縁起と空性が矛盾することなく成り立つという説、これと二諦説の関係、また聖文殊から授けれた教誡、帰謬派の言説有の設定との関係、自立論証批判、自相成立と真実成立の関係、初期の二諦説と後期の二諦説の相違などについての論文を書いてきた。

またチベット論理学については、『リクテル』の訳注以外に、ドゥラに見られるチベット論理学独自の概念についての研究(mtsan nyid, mtshon bya, mtshan gzhi、ldog pa)や論証式の原理的な問題、把握対象と顕現対象の関係、ツォンカパの『論理学講義の備忘録』について研究を行ってきた。同時にダルマキールティの論理学についての研究も行っている。

10年前に東洋文庫から大谷大学に移った。大谷大学も、北京版チベット大蔵経を所蔵し、またチベット人教授としてツルティムケサン先生が長く教鞭を取っていたこともあって、チベット仏教研究の盛んな大学である。そこでは学生を指導しながら様々な検索システムを作ってきた。北京版チベット大蔵経の検索サイト、大谷大学所蔵の稀覯本の単語検索サイト、四部医典の薬材の学名データベース、そして最近発見されたカダム・スンブムの中の論理学書で単語を検索できるサイトを作るプロジェクトを始めている。

石濱裕美子博士の研究

石濱裕美子先生は、早稲田大学で東洋史の学門的伝統の教育を受け、一方で東洋文庫においてチベット語文献の調査を進め、チベットを中心としながら、モンゴル、満州、中国との関係史を独自の視点から考察している。私が東洋文庫の研究員のときからいくつかの共同研究を行ってきた。『プラマーナヴァールティカ』のサチェー表、『翻訳名義大集』以外に、ツォンカパの伝記の翻訳研究『聖ツォンカパ伝』(2007) を刊行した。これはジェ・ツォンカパの自伝、ケードゥプジェの『信仰入門』と『秘密の伝記』およびトクデン・ジャンペルギャツォの『ツォンカパ伝補遺』の四書の訳注である。

石濱先生は法王猊下の The Meaning of Life from a Buddhist Perspective (1992) の翻訳『ダライラマ仏教入門』(1995)、Kalachakra Tantra: Rite of Initiation (1985)の翻訳『ダライラマ密教入門』(1995)、私は The Dalai Lama at Harvard(1988)の翻訳『ダライラマ仏教哲学講義』(1996) を刊行した。またチベット文化の概説書として石濱編『チベットを知るための50章』(2004)、福田編『新アジア仏教史チベット、須弥山の仏教世界』(2010)、ダラムサラのチベット政府教育庁 (bod gzhung shes rig las khungs) が発行している中学生用のチベット文化の教科書 rgyal rabs chos ‘byung dang rigs lam nang chos (2002) の共訳『チベットの歴史と宗教』(2012) を刊行した。

石濱先生の専門の研究は、『チベット仏教世界の歴史的研究』(2001) と『清朝とチベット仏教』(2011年)にまとめられている。石濱先生は、チベット語、満州語、モンゴル語、中国語を読解し、それぞれの言語の一次資料を比較検討し、その中に歴史の真相を読み取り、大きな枠組みを提示している。これだけの言語を駆使した研究は、他にできる人はいない、世界でもトップレベルの研究である。

『チベット仏教世界の歴史的研究』においては、それら各国語の資料に基づき、「チベット仏教世界」の理念が、パクパとフビライ、ダライラマ3世とアルタンハン、ダライラマ5世やサンゲギャツォと清朝、パンチェンラマやチャンキャと乾隆帝とに受け継がれ、チベット、モンゴル、清朝に共有されて、歴史を動かしてきたことを明らかにした。

『清朝とチベット仏教:菩薩王となった乾隆帝』においては、各国語の資料だけではなく、寺院の構造や乾隆帝を菩薩王として描いたタンカを詳細に調査し、清朝初期から清朝最盛期の乾隆帝の時代に至るまで、チベット仏教の思想が満州人の王朝にどのように影響を与えてきたかを明らかにした。

現在は、ダライラマ13世の時代に、清朝が崩壊し、モンゴルとチベットが独立を宣言しながら、それぞれ別の運命を辿っていく過程を研究している。

その国の歴史は、それぞれの民族の土台である。自らの民族の過去を明らかにすることなしに、その文化の現在も未来も考えることはできない。現在のチベットにとってこれは切実な問題である。チベットの歴史を国内の歴史としてではなく、より広い国際関係の中で明らかにしていく石濱先生の研究は、学術的な意味だけではなく、チベット人の過去と未来にとって非常に重要な意味を持っていると言える。

GOMANG ACADEMYでのチベット仏教研究

昨年、以前の東洋文庫チベット研究室で研究事業に関わった野村さん、現銀谷さん、もう少し若い村上徳樹さん、そしてさらに野村さんと本日お話いただく桂先生の元で育った根本裕史さんと共に、かつての東洋文庫チベット研究室のような研究の場を持ちたいということで、チベット人ゲシェの協力を得て基礎研究と教育を行う場を開設した。今回の研究会には間に合わなかったが、現在紀要を編集中である。

日本のチベット仏教研究の今後

日本のチベット仏教研究の特徴は、インド仏教研究の長い伝統を踏まえ、その上でチベット仏教を研究するところにある。日本におけるインド仏教研究の蓄積は非常に大きい。これを活かしつつ、チベット仏教がインド仏教から何を、どのように受け継ぎ、またどのように変容したかを明らかにすることができるであろう。

以前は、チベット仏教やチベット語文献の理解がインド仏教の理解に有用であるとされた時代があった。しかし、現在では、多くのサンスクリット語文献がチベット地域などから回収され校訂出版されつつある。これらサンスクリット語原典を前にしたとき、チベット語訳の仏典は以前の「忠実な翻訳」という位置づけから、むしろ翻訳者の理解による変容を問題とすべき時代になってきたと思われる。その上で、チベットの学僧達の読解は、インド仏教の研究者のなしえないほどの深く広い体系を構築している。これらを比較検討し、いずれかに偏ることなく、その相違点を明確にすることによって、仏教の理解をより深めることになっていくと思われる。

ゴマン・アカデミーにおける研究は、そのような研究の現状を踏まえたものになっていくものと期待している。

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