公開シンポジウム「伝法の未来を考える」第2部


作成日: 2015-11-14 最終更新日: 2016-09-25 作成:野村 正次郎

先日行われたGomang Academy Open Symposium 2015 公開シンポジウム「伝法の未来を考える」第2部は三人の発表者のプレゼンテーションで幕開けした。

ユニコードとデジタル大蔵経/リー・コリンズ

第二部のはじまりは、カリフォルニアからゲストとして招かれたLee Collinsさんによる「ユニコードとデジタル大蔵経」という発表ではじまった。

コリンズ氏によれば、今日のユニコードは、世界中の古典的な仏教文献を研究する学者や宗教家にとって極めて重要なものである。

ユニコードという世界統一の文字エンコーディングの規格は、世界中のすべての文字をデジタル世界にもたらすための運動であり、この運動は、様々な地域に伝わった仏典—-チベット語、サンスクリット語、中国・日本・韓国といった漢字文化圏、ベトナム語、パーリ語など、それらの言語と固有の文字で表現できることを可能にした。

今日では、様々な地域に伝わった大蔵経がオンラインで検索/アクセス可能であり、アクセス可能な状態になっており、多言語のテキストをさまざまなデバイスで使えるようになった。また近年コリンズ氏が取り組んでいるOS X上の悉達文字のデモも行われた。

コリンズ氏のユニコードがどのようなものであり、我々がデジタルデバイスを駆使しているいま、どこにいるのかということを取り組みを行ってきたのかということを最後に『普賢行願賛』の

神々たちの言語、龍神の言語、ヤクシャ・クンバーンダ・人間の言語、一切世間のありとあらゆる言語、そのすべてで私は法を説きます。

を引用し、仏教では、一切衆生の利益のために、人間の言葉だけではなく、すべての衆生の言葉で説法を行なうという目標が掲げらているが、自分がユニコードで取り組んできたのは、すくなくともこの地上の人間のすべての言葉と文字で仏典を記述できるようにしたい、という志から来るものであると締めくくった。

ダライ・ラマ法王は、それに対して「自分はこういう話についてはさっぱり分からないが、このことが多くの人に役立つことは確かであり、素晴らしく、ありがたく思う」というコメントをなされた。

日本におけるチベット学の新潮流/岩尾一史

引きつづき、神戸市立外国語大学の岩尾一史先生から、近年の若手チベット研究者の動向が報告された。1954年に世界にさきがけて創立された「日本西蔵学会」いまだに日本では「チベット学・チベット研究」というものは学術的な分類としては存在しておらず、言語学、史学、仏教学、人類学、社会学といった様々なジャンルの研究者がチベットに関連した研究をおこなていること、日本では、第3回若手チベット学研究者国際会議が開催され、非常に自由でオープンな議論が行われたことが成果としてあげられた。日本の学会の多くは専門性が高く堅苦しく、下らない質問をして教授たちに馬鹿にされることを恐れて活発な議論が行われないことも多いが、若手の研究者はたとえ自分たちの専門ではなかったとして、積極的に議論に参加しようとして有意義な対話がなされることに特徴がある。この教訓をもとに、岩尾先生は日本チベット学会とほぼ同時に「チベット学情報交換会」と称する、チベット研究に携わる色々な分野の人から研究の話や最新のトレンドを聞き、相互理解を深める、という場の創設し、運用していることが報告された。

チベット仏教研究のための三つの重要な視点/根本裕史

最後に広島大学准教授の根本裕史先生より、「チベット仏教研究のための三つの重要な視点」と題するプレゼンテーションが行われた。チベット仏教研究が日本で本格的に着手されてから 50年程が経過し、その間に研究者達の関心領域は大きく広がり、参照可能な文献は飛躍的に増加した。しかし、そもそもチベット仏教研究において大切なことは何なのか。また、研究の持つ意義とは何なのか、ということを日本におけるツォンカパ研究を通じて報告がなされた。

日本のツォンカパ研究に先鞭をつけたのは長尾雅人氏の『西蔵佛教研究』(1954年)である。これはツォンカパの『菩提道次第広論』「毘鉢舍那」節の和訳を含む研究であり、ツォ ンカパ中観思想を初めて日本に伝える画期的なものであった。その後、1980年代以降に研究は次第に本格化した。『菩提道次第広論』『了義未了義弁別論』『中論大疏』『密意解明』『秘密道次第広論』などの研究がなされ、研究の対象が広がり、内容が深まっていった。

今後の研究課題は何であるかといえば、第一に重要なのは、ツォンカパに影響を及ぼした初期カダム派文献、ツォンカパによって批判対象とされているシャン・タンサクパやトルポパ・シェーラプ・ ギェルツェン等の著作である。第三に、ツォンカパが修学時代に師事したニャウォン・クンガーペルの般若思想書や、レンダーワの中観・認識論の作品にも注意を向けなければならない。第四に、後代のゲルク派の学者達による僧院教科書も重要である。特にセラ・ジェツンパ、パンチェン・ソナムタクパ、ジャムヤンシェーパによる五大典籍の註解を、丁寧に比較して検討しなければならない。この方面の研究を実行するためには、その僧院教科書の伝統を有しているチベットの三大学問寺の伝統に属するゲシェー(仏教博士)の協力を仰ぎ、議論を重ねながら、共同で文献研究を進めることが不可欠である。

またツォンカパやゲルク派の研究をすすめていく上で、まずは多角的な視点から文献を見渡し、その中にある断片をつなぎ合わせて、解釈を導き出すことが重要であり、そのなかでも特に注意を向けるべきは、論理学、修道論、詩学の三
つである。なぜならば、それはツォンカパ自身が『三つの宝をめぐる訓話集』の中で

緻密な論理の道を分析する考察力と
学問体系を全て教誨として現れるようにする修練と
言葉遣いを巧みにする詩句のきらめき
この地上には三つの宝が輝いている

と論理学、修道論、詩学という三つの視点を説いているからである。たとえば『縁起讃』にもその重要な視点が詰め込まれているということができる。

知識の断片をつなぎ合わせて、多角的な視点から作品全体を解釈すること、それがこの研究の目指すものである。それを達成するためには、チベット人ゲシェとの共同 研究が必要であり、それに加えて、三大学問寺の中観、 認識論、般若思想などの教本や初期カダム派文献や、さらにまた、詩学などの世俗の 学問についても、インド・チベットの関連文献を丁寧 に比較して、考察することが必要である。そのような広く深い研究が可能であること、またそうした研究が求められることが、チベット仏教の特色である。インド・中国・日本の古典作品にはない独自の点であるといえるかもしれない。

認識論、修道論、詩学という〈三つの宝〉が、チベット仏教研究というこの〈地上〉の上に輝いている。これら はとても貴重であり、〈望みを意のままに叶える牝牛〉のように、無上の喜びを私達に授けてくれるに違いない。

根本裕史先生はこのようにチベット仏教研究の上での新しい3つの視点とその研究の上での共同研究の重要性を法王に報告するという形でプレゼンテーションをおこなれた。

この二人の発表に対してダライ・ラマ法王からは、

ありがとうございます。二人のチベット文化を研究されている若手研究者の話は、花が開く大地に、芽が徐々に生えていき、花が咲き、その美しい花の香りがありとあらゆる方向を芳しく薫っているように、実に素晴らしいものであると思います。本当にありがたいと思います。

と非常に詩的な表現によって、絶賛のコメントがなされました。