
弊会の定例法話会では、ゲルク派の宗祖ジェ・ツォンカパ大師の『菩提道次第広論』を継続的に学んでいます。4月からはインドの本山にしばらくお戻りになられていたゴペル・リンポチェが再び日本に滞在され、4月からは月に2回のペースで定例法話会を再開させて頂きます。
昨年度は得難い人身を得て、逢い難い仏法に出逢うことができて、そこで仏法を学び、実践することによってこの素晴らしい境地を最大限に活用ができることをまず学びました。人類として私たちが生まれてくることそれ自体が、世界中の砂を掌で掬い上げるくらい貴重であるということをまずは学びました。
そしてそのような人類として生まれてきた限りにおいて、この貴重な境涯を無限のすべての衆生を救済することが可能な仏の境地を目指すことを決意し、そのために輪廻から解脱し、また現世利益を求めるのではなく、最低限でも来世に人身を再び得るために、この境涯を活用しなくてはならない、ということを学びました。
それに引き続き、仏への境地を歩むための第一歩として、まずは私たちが毎日今日は死なないだろうと誤って考えているのをやめて、必ず死ぬ、死ぬ時期は決まっていない、死に際しては自分が積み上げてきた善業、仏法以外には何も役に立たないということを死の想念を強く起こし、常日頃から昨晩死なないでい今日を迎えられたことは何とも幸いである、しかし今日必ず死ぬという覚悟をもって今日一日は決意して積善浄罪に励まねばならない、という決意をし、一日の活動のすべてを決死の覚悟をもって善業に努めなければならない、ということを学びました。
今年の4月からは、それに引き続き、死後には、快適な身体である神々か人間の身体をもって転生するのか、生まれながら不快で苦しみに満ちた地獄・餓鬼・畜生の悪趣の衆生へと転生するかの二つの可能性がないうち、地獄道・餓鬼道・畜生道に生まれた場合にどのような苦しみがあるのか、ということを正しく冷静に想起できるようになるために、悪趣の苦しみをひとつずつ丁寧に学んでいきます。
通常自己中心的な視座しか持ち合わせていない人間は、自分たちが人間であるということそれ自体が如何に貴重で幸せなことなのか、を感じることが出来ない人も多くいます。同じ人間という希少種に生まれながらも他人に暴力を振るったり暴言を吐いたり、他人に対して少なからず悪意をもってしまっています。しかしもしも私たちがいま畜生道に生まれているのならば、互いに殺し合い互いに食べ合い、自己の欲望を満たすためだけに行きなくてはなりません。さらに餓鬼道に生まれたならばどのような苦しみがあるのか、地獄の衆生に生まれたらどのような苦しみがあるのか、こうしたことを想像するのは、人間以外の哀れで無力で苦しみに悶えている衆生たちの心境を知るために重要であるだけではなく、私たち人間がどのような存在であるのか、ということの素晴らしい価値を知るために必要なことです。
また昨年まで学んできた毎日今日死ぬであろうという無常観を心に強く抱いていけるのなら、今晩でこの私たちの今世での人生が終わり、明日からは悪趣の衆生として行きなくてはならなければ、どれほど大変なことなのかを理解できるようになります。そしてたとえ今晩死んでも、明日以降の未来では、再び人間に生まれてくることができるために、その能力をもつ仏・法・僧の三宝を善趣へと導いていってくれる救済そのものであると考えて、心から帰依し、いま生きているうちにこれまで積んできた罪障を懺悔して悪趣へと転生しないようにし、十善を行い、私たちがたとえ今晩死んでも来世では必ず人間に生まれ変われるような心の準備をしておくことが出来るようになります。
現在私たちが学んでいるジェ・ツォンカパ大師の菩提道次第論は、釈尊が般若経で説かれた教えを弥勒菩薩がひとりの人が修行していく階梯にまとめた教えを龍樹・無着といった偉大なる菩薩たちが甚深見次第と広大行次第として継承し、脈々と今日まで続いている仏教の実践法です。その内容は一日の数時間でも仏教を実践しようとする時に毎回思いを巡らせなくてはいけない基本的な内容です。一回の法話会ではそのひとつひとつのことについて、ゴペル・リンポチェが丁寧に説明してくださいますし、同時に今年はダライ・ラマ第2世による仏教の四大学派の思想についても簡潔に学んでいきます。
どなたでも途中からでもお気軽に参加できるようになっておりますので、みなさまのご参加を是非お待ちしております。
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