チベットの正月ロサル、春の訪れを待つ


作成日: 2016-01-28 最終更新日: 2017-02-18 作成:野村 正次郎

新しい年の夜明け

私たち日本人にとってはすでに正月は終わり、通常の生活がはじまっている。日本では西欧と同じ太陽歴で正月を祝うためにまだまだこの日本は冬である。先週関東を襲った寒波は、引き続き西日本を襲い日本別院のある広島ではアボがインドから帰ってくるや否や冬景色となった。今年の冬は暖冬が続いたため、この二、三日の冷え込みは広島の人たちを凍えさせた。しかしなが寒波も過ぎるとまた暖かい日差しが戻ってきた。

私たち日本人に取って正月はカレンダー上のものであるが、元日の朝には初日の出を拝みに行く人もいるし、普段宗教と全く関わりのない人たちも初詣に行く。新しい年に、新しい決意、新しいこの年こそ良いものに、これまでは違った何か新しいものにしたい、そんな気持ちはどんな人にも共通したものである。

チベットのひとたちにとってお正月とはチベット暦に基づくものであり、「新しい月」のはじまりである。月の満ち欠けが12回の周期を終え、再び新しい月が昇り始める日、それが「正月」である。インドではじまり、チベットに伝わった仏教において「時」「日」などの特別な意味を持っている時間は月齢をもとに計算されているため、日本にあるチベットの僧院である日本別院でも大祭や縁日などはすべてチベット暦に基づいて行っている。

仏典に説かれているさまざまな日付もインドの伝統的な暦に基づいた日付であるために、釈尊が何をいつどうしたのか、と言うことの記述のそのすべては現在私たちが使っているカレンダーとは異なっている。

インドの伝統的な天文学の知識に基づくチベットの暦は、微調整されて計算されているため、この地上に棲む私たちを巡る月の動きとその周期は、かつて釈尊が在世であった時の周期にほぼ連動している。私たち日本人にとっての平成28年(2016)のお正月は一般参賀などのすべての正月の恒例行事とともに終わっているが、同時に私たち日本人が古来大切にしてきた仏教の伝統である節分などの儀式はこれからである。日本別院ではインドのデプン大僧院と同じく、今年一年の終わりを迎えつつあり、新しい年と正月は2月9日にはじまる。

チベットの歳・正月・年齢

日本人が年末年始を迎えたのと同じように何か新しく魅力的なものにしたい、と思うのと同様にチベットの人たちにとっても新しい年は何か特別なものである。

チベット暦では、十二支と五界(火・土・鉄・水・木)を合わせた「ラブチュン」と呼ばれる60年周期で暦が表現される。例えば今は第17ラブチュンの29年目の「木未歳」であるが、2月9日からはじまる来年は「火申歳」となる。

またチベット人たちは、自分の年齢を誕生日を元に計算するのではなく、正月元日を基軸にひとつ年齢を重ねるという計算をするので、正月を過ぎると年齢が上がるのである。このため今のこの時期に生まれた赤ん坊は、いまは一歳であるが、数週間で「二歳」になるという現象も起きる。

チベットの正月飾り

日本人に取っての正月飾りは門松であるが、チベット人にとっての正月飾りはカプセや麦やはったい粉、バターで作られた「チェマル」と呼ばれる以下の写真のようなものである。五穀豊穣や新しい年が良いものであることを願う気持ちは日本人もチベット人も同じである。

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また「デルカ」と呼ばれる「カプセー」というチベットの焼き菓子を積み上げたものを作り、これらが仏前に捧げられる。以下の写真は弊会の創始者であるハルドン・ケンスル・リンポチェの自坊の仏壇の写真であるが、手前にはカプセーが積み上げらたものがある。

日本別院でもこれからお正月の準備で、カプセー作りがはじまるところである。

デプン大僧院のお正月

僧院のお正月は大晦日のトルギャと呼ばれる厄除の柴灯護摩のような儀式から、元日の夜明けのパルデン・ラモの供養によって新年を迎える。新年を迎えた僧侶たちは、各自本堂にお参りし、自分の師匠にカタを持って新年のご挨拶に行く。「ロサル・サン」「ロサル・タシテレー」これがチベット語の「新年おめでとういございます」である。

デプン僧院では新年の元日からは一週間お休みであり、友達とどこかに出かけてもいいし、通常は映画やテレビを見てはいけないが、お正月だけは、ダライ・ラマ法王の映像や、人気の中国の時代劇などが大画面で大音量で上映される。時代劇を上映するのは「業とその結果の関係を学ぶため」と言われているが、僧侶たちは正月休みを楽しみ8日から一週間ほど続く大祈願祭の法要の前にひと休憩となるのである。

重量上げの力くらべ

重量上げの力くらべ

長く分断されたチベットのお正月

チベットのお正月を考える上でまた大切なことは、現在チベット人たちは故郷を追われ世界各地にバラバラになっていることである。

いまから57年前の1959年の正月の行事が終わってすぐにダライ・ラマ法王はインドに亡命してそれを追った多くのチベット人たちが現在12万人以上、インドをはじめとして世界各地に散らばっている。最近ではインターネットの発展のお陰で分断された家族たちがネットを通じてビデオチャットなどをすることはできるが、物理的に距離の離れた家族たちと会うことができないことも多い。先日日本に再び来てくださったゲレク師は昨年末に長く患っていた母君がインドから故郷チベットに戻り亡くなったが、母親の死に目にも会えなかったことは悲しい事実である。

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1959年正月の神変大祈願祭にてラサのジョカンにてゲシェー・ラランパの問答の最終試験をうけられるダライ・ラマ法王

大家族を愛するチベットの人たちはお正月に長く分断された家族や親戚におめでとうという言葉を直接言えない人も多いのは事実であり、また同時に彼らにとってそのようなお正月がいつまで続くのか、その行く先は闇である。

日本人でもどんな家族にも様々な問題があるので、その家族の問題を考えれば暗いお正月になるだろうが、チベットの人たちは様々な苦境にもめげずお正月をとにかく楽しもうとするものである。

日本で楽しめるチベットのお正月

チベット人たちは「ロサル・キポ・タンローナン」(お正月を楽しく過ごしてくださいね)とよく言う。日本別院では今はゲン・ゲレク師とアボの二人しかいないが、2月9日のお正月には在日チベット人やそのご家族や様々な人が集まってくる。また15日からは小規模ですが、毎日のお祈りもある。彼らのお正月が楽しいかどうか、それはそれを取り囲む私たち次第でもある。

分断されたチベットの人たちはいつ故郷チベットの地で集まれるのか、それはまだ分からないが、世界各地に散らばっているチベット人の住む場所では、チベットのお正月を楽しめることが私たちはできる。チベットに関わる日本人の我々にとっては二回もお正月があるということになる。何とも楽しいものではないだろうか。

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