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デルゲ版「チベット大蔵経論疏部」の論疏部は、まずは教主釈迦牟尼如来ほかの素晴らしい功徳を追想して礼拝を捧げる礼讃に関する著作からはじまります。なぜならば、礼拝・礼讃はすべての善資を得るための原因となるものであるからです。
第一礼讃部には、ウドバタスヴァーミン(Udbhaṭasiddhasvāmin)の『殊勝讃』とその注釈からはじまり、ナーガルジュナの『法界讃』、マティチトラチェータ/アシュヴァゴーシャ(馬鳴菩薩)の『一百五十讃』、ディグナーガの『無辺功徳讃註』などの注釈書を合わせると全体で74篇の論書が収録されており、すべては諸尊を礼讃して供養するための著作です。
「チベット大蔵経論疏部」(テンギュル・丹殊爾)は、釈尊の御教えの真意を解釈するインド原典の論書をチベット語へと7世紀から500年以上の年月をかけて訳出したものを集成したもので、現在人類が保有するインド仏教の伝統的な注釈書の最大かつ最古のコレクションです。そのデルゲ版は、1744年に木版にて開版されたもので、正式名称を、「一切知者日親釈迦牟尼如来の仏語聖教を注釈する論書を雪国チベットの言語へと奉訳した一切の法施が不断に行われる神変の祖母・圓滿劫福徳雲海」といい、デルゲ大印経院にその原板の板木が今日も安置されていることから「デルゲ版テンギュル」と呼ばれるものであり、全213帙64512版あり、「テンギュル・リンポチェ」とも呼ばれています。
このデルゲ版は、中央チベットのシャル僧院で1334年にクンガ・トンドゥプが施主となり収集され、プトゥン・リンチェンドゥプが校訂者としてナルタン僧院の写本テンギュルを筆者したものを底本として増広して編集し、1334年に完成した「シャル写本テンギュル」、タクツェ宮殿にてシトゥ・チューキ・ジュンネーが責任編集した写本テンギュルほか四本を原本として編纂され、1737年にデルゲの法王テンパ・ツェリンが施主となって発願し、その後1744年までの7年間をかけて最終的には大校閲師シュチェン・ツルティム・リンチェンが責任校正して、開版したものである。