2020.09.10
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

文殊菩薩の本体、智慧とは何か

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第121回
訳・文:野村正次郎

すべてのものは空であると観て

輪廻の悲痛のすべてを取り除く

すべての海水をアガスティアは

一気に呑み干し甘露へと変える

121

一般的に智慧とは、考察している対象の本質を正しく弁別し、行うべきことと廃止するべきことを正しく弁別できる理解する知のことであるが、ここでの六波羅蜜の最後の智慧波羅蜜・般若波羅蜜の場合の智慧とは、主に五明処などに通暁している智慧のことである。

智慧には、無我の真実を推理や現量によって知る勝義勝解の智慧、五明処に通じている世俗証解の智慧、衆生の現世利益と後生の利益を罪業や違反を為すことなくす実現できる方法を知っている智慧の三種類がある。

このような智慧を心に起こすためには、まずは智慧そのものの功徳を知らねばならないが、まず智慧がすべての功徳の根本にあることを知らなければならない。

また智慧があれば、たとえどんな苦境や困難に直面したとしても菩提心を堅持することができるのであり、布施等の方便のすべてに通じることもまた智慧に依存する。たとえば、乞食が我々の肉体やその所有物などを恵んで欲しいとやってきても、智慧があれば慢心によってこのようなものには与えたくないとか、自分にはできないといった慳貪や懈怠の心を起こさないようにすることができる。輪廻と寂静とを知る智慧があるのならば、戒律とは利他を実現することにほかならない、と思い、戒律を清浄に保つことができるのであり、智慧があり分析能力があれば、自分には仏の境地など実現できやしないと畏縮したり、いまはまだ仏教の実践などしなくてよく、老後の楽しみにしようなどと延期したりしなくなるのであり、禅定を実践する際にも、何も考えず、何も思わないで、妄想を心に抱くことが禅定ではないということをよくよく知ることができようになる。

また智慧があれば、一般の俗人や現世利益の観点では、矛盾しているかのように見えることであっても、矛盾しないように実現することを正しく知ることができるようになる。たとえば一切衆生への慈悲の感情と、家族や友人など自己の延長戦上にある生物に特定した差別的な愛情とを明確に区別できるようになり、すべての衆生が親疎の区別のない平等な存在として見えるようになりつつも、無限の慈悲を注ぐべきであるということを理解できるようになるのである。

このような智慧があることで、世俗の真実と勝義の真実という二つの真実を正しく弁別することができるようになり、すべてのものは存在しないという虚無論に陥ったり、すべてのものは真実として存在するという実在論に陥ったりしないようになる。

このような功徳をもつ智慧をもたなけらば、正しく布施・戒・忍辱・精進・禅定を学ぶこともできなくなり、小さなひとつひとつの行いは不注意となり、善なるものを実現しようとしても、誤って悪事へと陥ってしまうことになる。

このように智慧を心に起こすことは極めて重要なことであるが、その智慧は、聞思修によって実現するものであると言われている。聞思修所成の智慧については既に述べたのでここでは省略しよう。

本偈では、智慧は空性を理解し、それによって輪廻の苦のすべてを断じることができるということを説いている。その喩えとして、仙人アガスティアは海に潜んでいた悪魔たちを退治するために、一度海水をすべての呑み干したが、悪魔を滅した後に、海中の生物への慈悲心から海水をすべて甘露に変えて吐き出したという伝説を挙げている。仙人アガスティアの伝説については、インドの各神話のなかでも少しずつ異なっているが、煩雑であるので、ここでは省略しておきたい。

仏教は、私たちひとりひとりが自らの知性を先鋭化し、智慧を深め広大にし、最終的に仏陀の境地に辿りつくか、無我を現観して煩悩を断じて解脱する宗教である。仏法の本体は、仏陀の心にある滅諦であるとも言われるが、涅槃寂静や一切相智といったものもすべて智慧の究極の状態を表しているものである。これまで述べてきた六波羅蜜のすべてが心のひとつの状態であり、そのそれぞれがそれぞれを補い合い、行うべきことと廃止するべきことを正しく弁別していってはじめて私たちが身に付けられる精神の理想の状態であるといってよい。仏教における一切智や解脱は決して、私たちの心の外側に想定されるような物質世界に起こることではない。それらのすべては私たちの心の内部で起こる精神的な現象であり、自らの心のなかで、実現していくものである。このことを考えれば、智慧とは単なる情報量の多い記憶や巧妙な現世的な知識ではない、もっと深遠で静寂のなかで行われている希有なる心の営為であるということが分かるだろう。

本記事は現在世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症の早期終結を祈願し、毎日1偈チベットの箴言を翻訳して連載して、配信しているものです。


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