2020.05.25
ལེགས་པར་བཤད་པའི་ཆུའི་བསྟན་བཅོས་ལུགས་གཉིས་རླབས་ཕྲེང་བརྒྱ་ལྡན་

最強の軍事力を誇る真の勝利者、それが釈尊である

『水の教え・波打つ数の二つの教え』を読む・第62回
訳・文:野村正次郎

結局 敵の敗北と勝利を望むなら

徳行を成し遂げるのに励むべきである

大河を渡ろうとせんとする手段は

平地で舟を作ること以外にはない

62

自己破滅型の煩悩のすべては、他者をきっかけとして生じてくるものであるが、その破滅、悲劇は自らが味わななければならない。真の敵は、外にあるのではなく、我々自身の心のなかにいる。それらを克服するためには、善業を積む以外に何も方法はない。それは大きな河を渡って向こう岸に行こうとするのならば、まずはいまいるこの平地で舟をつくることから始めなければいけないのと同じである。本偈はこう説いている。

釈尊は成道の前に、菩提樹の下にて、慈悲の軍隊によって魔を降伏させた、と伝えられている。慈悲の軍隊は決して弱々しい軍隊でなく、歴史的にも地上最強の最強の軍隊である。慈悲の力とは、この世で最強の力である、ということを仏教徒は理解するべきであろう。

釈尊の成道を妨げようとした、欲望の悪魔と名付けられていたその神は、他化自在天の神であるが、彼は欲界の頂点に君臨し、衆生の愛欲を支配し、きまぐれ、悦び、うぬぼれ、という三人の息子と、欲求不満、満足、欲求という三人の娘たちがいた。

悪魔は、釈尊が成道を目指していることで、自分の王国が危機にさらされる、と感づいて、不動の禅定を打ち破る誘惑の矢を携え、釈尊の成道を何とか妨げようとした。しかしどんなに攻撃しようとも釈尊は微動だにしない。その様子は荒れ狂う牛の群れのなかにじっと佇んでいるライオンのような威厳をもっていた。どんなに強い風が吹こうとも須弥山が微動だにしないように釈尊はじっと成道の時を待っていた。ついに魔の軍隊は釈尊の成道はどうしても避けられないことを覚り敗北して去っていく。魔の軍勢が敗北して去っていくと、乙女が微笑みかけるように月が笑い、薫る花の雨があたり一面に降りしきった。

これが釈尊の降魔の相であり、これはいまのサカダワ月の14日の夜、ブッダガヤで起こったことである。今年のその日は6月4日であり、6月5日の夜明け前に、釈尊は現等覚されたとされている。いまはサカダワという仏教にとってもっとも重要な特別な時間である。

釈尊の右手の触地印は魔に勝利したことを表している

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