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デルゲ版「チベット大蔵経論疏部」の目録部は、本大蔵経全212帙の責任編集者であるサキャ派の大校閲師シュチェン・ツルティム・リンチェンが著した著作であり、本大蔵経がどのように成立したのか、ということを、(1) 釈尊のどのようにご出世になられたのか、法輪をどのように転じられたのか、という仏教の起源を述べ、次に (2) 大乗・小乗の仏典結集がどのように行われたのか、それを註釈する論師たちがどのように現れたのか、 (3) 彼らが註釈した教法とはどのようなものであり、 (4) それを註釈した論疏とはどのようなものなのか、 (5) それらの論疏を開版する事業を誰がどのような発願があったのか、 (6) それをどのような場所で何時どのように原版を制作したのか、 (7) 誰が著作して誰が翻訳した如何なる論疏がどのように収録されているのか、 (8) この事業によって如何なる功徳が積集され、それを無上菩提へと廻向する、という8章503葉に分けて説明しています。
本目録は、単なる仏典の名称や順序や訳者の記載ではなく、本大蔵経全212帙が釈尊ご出世から現行の経本に至るまで如何なる変遷を経て成立したものなのか、ということを明らかにするものであり、その正式名称は『一切知者日親釈迦牟尼如来の仏語聖教を注釈する論書を雪国チベットの言語へと奉訳した一切の法施が不断に行われる神変の祖母・圓滿劫福徳雲海が広く増大する様子をはじめとする奇跡の水蔵が増大する新月』と名付けられています。
「チベット大蔵経論疏部」(テンギュル・丹殊爾)は、釈尊の御教えの真意を解釈するインド原典の論書をチベット語へと7世紀から500年以上の年月をかけて訳出したものを集成したもので、現在人類が保有するインド仏教の伝統的な注釈書の最大かつ最古のコレクションです。そのデルゲ版は、1744年に木版にて開版されたもので、正式名称を、「一切知者日親釈迦牟尼如来の仏語聖教を注釈する論書を雪国チベットの言語へと奉訳した一切の法施が不断に行われる神変の祖母・圓滿劫福徳雲海」といい、デルゲ大印経院にその原板の板木が今日も安置されていることから「デルゲ版テンギュル」と呼ばれるものであり、全213帙64512版あり、「テンギュル・リンポチェ」とも呼ばれています。
このデルゲ版は、中央チベットのシャル僧院で1334年にクンガ・トンドゥプが施主となり収集され、プトゥン・リンチェンドゥプが校訂者としてナルタン僧院の写本テンギュルを筆者したものを底本として増広して編集し、1334年に完成した「シャル写本テンギュル」、タクツェ宮殿にてシトゥ・チューキ・ジュンネーが責任編集した写本テンギュルほか四本を原本として編纂され、1737年にデルゲの法王テンパ・ツェリンが施主となって発願し、その後1744年まで7年間をかけて最終的には大校閲師シュチェン・ツルティム・リンチェンが責任校正し開版したものです。