作成日: 2013-03-17 最終更新日: 2016-01-20 作成:事務局

【仏縁ーよい仏縁をいただくには毎日の積み重ねが大切ですー】

昨日3月16日は真言宗龍蔵院の本尊供養がありました。龍蔵院では毎月1日と16日が本尊大聖歓喜天のご縁日で高野山真言宗の伝統にのっとったご供養が行われています。話は遡りますが、去年の12月の龍蔵院の法要の日、私個人にはとても不思議な出来事があったのでご紹介します。

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通常の法要は10時半なのですが、その日はたまたま13時からに開催時間が変更されていました。

その日の朝お寺に行くと、御老女がおひとりで境内の掃除をして下さっていました。時間を間違われたようです。

しばらく話をすると、すぐご近所の方で「以前はよく御参りに来ていたけど、最近は足が悪くて何年も上まであがれなかった」とのことでした(ご存知の通り参道の石段は何せ200段あります)。また、その方は上には登れない代わりに、参道の入り口にあるお地蔵さんのお世話をいつもして下さっているということをおっしゃってました。

たまたまその日の法要は午後からになってましたので、一度階段を降りて、家に帰ってまた戻ってくるのは大変です。ですから13時までお待ちになられるということで、私たちは一緒に簡単な昼食をとりながら話を続けることとなりました。

原爆で学友をたくさん亡くしたので戦後からずっと、特に8月6日には必ずお参りに来ていたという昔話を伺いました。そうしている何気ない話のなかでたまたま母校が同じだということがわかりました。

御老女は「私の3人の娘もみんな同じ学校なのよ」そうおっしゃいました。

突然、私のなかで先ほどから伺っていた“お名前”、“ご近所”、“三姉妹”、“母校”というバラバラの情報が一瞬にして結びつきました。

「あの、もしかしてHちゃんのお母さんですか!?」

そう言うのと同時にどっと涙が溢れ出して止まらなくなってしまいました。

Hちゃんは私の中学時代の友人で、その方は、30代で若くして亡くなったその友人のお母さんだったのです。

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Hちゃんは結婚して東京に行ってしまいましたので、広島に残って地元の大学に行った私も彼女と高校卒業以来ほとんど会う機会もなくなっていました。「みんなに会いたいね」とそう行って広島に帰って来たので久々に集まったのが6月でした。そしてその半年後、12月に彼女の訃報を聞きました。

Hちゃんはお葬式は東京でした。当時忙しくしていた私は列席することができませんでした。でもずっと気になってはいたのは確かです。ついつい自分の生活に追われきちんとご実家へご供養にも伺えていませんでした。それでも毎年12月になると思い出し、「ああ、そのうち行かないと…。」そう思うのですが、そしてまた忙しいのを理由に後回しにしてしまう、そんなことを繰り返していました。

私は積年の心に引っかかっていた思いをやっと伝えることができました。「是非お墓参りに行きたい」私はそうやっと伝えることができました。

お母さんは、「お墓は東京じゃなくて、千葉の郊外にあるのよ。わざわざで行かなくていいよ。でもここで心の中で時々祈ってやってね。」そうおっしゃって下さいました。

「ちょうど3日前が13回忌だったのよ。だからどうしてもここに来たかったの。来てよかったわ。きっとHが会わせてくれたのね。」とも。

長年の心のつかえがとれたとのと共に、

「お盆だけお墓参りに行くのはよくありません。たとえお墓参りに行けなくても、先祖を大切に思う気持ちを毎日持つことがより大切です。善いことも一度やって満足するのではなく、毎日積み重ねることが大切なんですよ。」

そうゲンギャウがよくおっしゃっていたのを思い出しました。

そうこうしているうちに13時に近づき、いつもの龍蔵院の信徒のおばあさんたちがいらっしゃったので、まだ目を赤くしたまま私は友人のお母さんを紹介し、その行き先を説明しました。

おばあさんたちは「まぁ!」と言いながらもさほど驚いた風でもなく、「あなた、これが『仏縁』というものなのよ。これからもお寺をしっかりお世話してね。」そう言ってやさしく背中を摩って下さいました。その言葉に私はまた何とも言えず、涙が溢れ出て、泣くしかありませんでした。

これからもよい『仏縁』をいただけるように、日々精進しなければ!