作成日: 2016-09-18 最終更新日: 2016-09-19 作成:野村 正次郎

回想・私の理解について

オーム 吉祥哉世間の上趣へ導く清浄解脱の観察眼、生存の道を彷徨い、疲れ果てたものたちの休息の場、有らん限りの楽善すべての源たる師よ、至尊智慧の大蔵よ、君の御足に礼拝帰命奉る。

努力少なくして大波の資糧を積む多くの営みのなか、最勝なる営みと謂われるもの、それは善に対する随喜である。殊にこれまで私が為してきた過去の善業を、ここに誇ることもなく再び歓喜したい。そうすればこれまで積集したこの善業は増大するだろう。勝者が説かれたこの目的を成就するために、そしてその以外の目的をも果たすため、いまわが心よ、歓喜するがよい。

初には聴聞を広大にせんことを追い求めた。中には一切の典籍が教誡として現れた。後にはそれらを昼夜を問わず勤めて修した。これらのすべてを教説の興隆のために廻向する。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

捨て去るべき無明の深き漆黒の闇。それは正しき聴聞という灯火で払拭される。道を知らずに解脱の城へと入ることができようか。いまさら語るまでもないだろう。それゆえにこそ、阿逸多法主聖弥勒、閻浮提の六荘厳たち、二人の最勝者たち、こう呼ばれるものたちが著した典籍を、その一部または概括するだけに飽き足らず、すべてを審らかに学ぶことに努めたのだ。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

殊に此岸を見る者たちにとっての事物の実義を決する唯一の門。正しき正理に溢れた聖典の難処を、幾度となく努めて学んできた。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

たとえどんなに顕密の典籍に大いに励んだとしよう。しかし甚深なる義を行じ語らんとする時に、学んだものは何もなく、知り得たものも何もなく、正しい見解の次第から遠ざかってしまうこと、これだけは避けなければならないのである。そう思い特に龍樹の著した論典のなかでも甚深を決別するための微細な正理道、そのなかから正見を齎すすべての要処をよく学び、そしてあらゆる疑問を払拭していった。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

正等覚へと到るためには、甚深金剛乗と波羅蜜多乗の二つが説かれている。そして秘密真言は波羅蜜多よりも遥かに勝れたものであるということ、これは日月の如く周知である。この言葉が真実であると認めていたとしても、もしも甚深乗とは一体何なのかということを求めずして、負担にさえ思う輩もいる。こうした輩を智者であるとするのなら、彼らよりも鈍根な者が一体何処に居るだろう。遭遇しがたき無上道を捨ててしまうこと、それは笑止千万ではなかろうか。それゆえに勝者の殊勝な乗にして、諸仏の出現よりも希有である金剛の乗、二種の悉地の源蔵である甚深なるもの、そこに入り努力を怠ることなく、ながく学ぶこととした。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

下位三種のタントラ部の道を知らずして、無上瑜伽タントラが最勝のものであると、認めたとしてもそれは誇大宣言に過ぎぬ。そう善く考えた後に『秘普タントラ』、『蘇悉地羯羅』、『妙臂菩薩所問経』、『禅定後次第分』等、作タントラの三族(如来族・蓮華族・金剛族)の全体と個別とのタントラ部に長く親しんだ。いまこの次第を思えば、善き着想であった。深く恩義に感謝する、至尊智慧の大蔵よ。

第二タントラ部 行タントラの主『大毘盧遮那神変』をよく学び、行タントラの立場が如何なるものか、そこに正しく確信を得ることとなった。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

第三タントラ部 瑜伽タントラの主『吉祥真実攝タントラ』と、釈タントラである『金剛尖』等を、よく学び瑜伽タントラの饗宴を享受した。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

第四無上瑜伽のなかで聖域の賢者に日月の如く名高く知られた父タントラ『秘密集会』、瑜伽母タントラ、『呼金剛』、『勝楽』、それらの根本タントラと釈タントラ等、他の経典やタントラと解釈を異にし、車の轍を新たに開いた『時輪タントラ』それを明かにする『無垢光』、これらを学んだ。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

初に聴聞を広大とせんことを追い求めた第一節 竟

それから所化の知の闇を取り除くに最勝なる、文殊師利に力強く長く途絶えることなく、堅き信心で請願した。諸典が教誡として現れるため、すべて因たる資糧に励んだのだ。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

このように努め龍樹と無著より次第相承された菩提の道次第に、不共の確定を得ることとなった。それゆえ甚深最勝の聖典、波羅蜜多が教誡として現れることになった。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

この北方では量の書を学びし者も学ばざる者も、みな口を揃えてこう語ってきた。「量経と七部論すべてに菩提への行次第は存在しない」と。しかし文殊はディグナーガに直々に説いたのである。「これを著せ。時が来れば一切衆生の眼となるだろう」とこの著作の許可をなさったのである。そのことを量として彼の説は不当とするを殊勝と思い、特にその次第を検討することとなった。『集量論』の礼讃偈が意味しているものは、量成就章で順観・逆観を通じ解脱を追求するためには、世尊こそが量にほかならない、そう証明されている。そのことから、彼の教説だけが解脱に至る港である、そのような深い確信を得ることができたのである。それゆえ二乗の道の要訣すべてが著された、正理の道より正しく見出し大いに歓喜した。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

それから『菩薩地』と『経荘厳』とのふたつを、善く結びつけて正しく励むこととなった。阿逸多法主の典籍とその随順者の典籍とが、すべて実践のための教誡として現れたのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

殊更甚深広大なる教説の群に、編みこまれた境地の次第より道の核心の、すべてに確証をもたらす『所学集成』にもとづけば『経集成』などの龍樹の宗義の最勝なる多くの典籍の意味されたものを、実践する次第が善く見えた。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

それから禅定後次第・大毘盧遮那神變をブッダグヒヤによる善説の口訣に基づいて、道のすべての枢要が善く教誡として現れたのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

吉祥真実攝の道の枢要は、三定にまとめられる見るは若干容易いが、そこにおける甚深義の修習法は理解し難い。それをパンチェン・ブッダグヒヤが根本タントラを釈するときに三種のタントラと対応させて正しく説明しているものと、三タントラ部の甚深の実践の修習次第を如実に説明しているもので、知の闇は払拭されたのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

牟尼の善説のすべてのなかでも究極である、吉祥無上瑜伽タントラ、そのなかでも至極甚深なるものたる、吉祥秘密集会タントラは王者である。それを語ることに最勝なれるナーガルジュナご自身は述べたのである「六辺四相によって封印されている。それ故、釈タントラに随順し、ラマの口訣より知られるべきである。」と。この次第を枢要と捉えて口訣の究極をまとめて『行集』『安立次第』等の集会の聖者についての流儀のすべてに、長く習熟して根本タントラを灯明の如く明らかにしたものに、基づき五大釈タントラと善く結びつけ大いなる努力によって学んだのである。そう学んだことによって集会の二次第一般と特には究竟次第のすべての枢要を得たのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

このことによって勝楽・呼金剛・時輪などの多くのタントラ部の枢要たる意義が教誡として現れることとなった。これらは私は別のところでも説明したので、ここでは洞察力のある者の門のみを示したおいたのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

中にすべての典籍が教誡として現れた第二節 竟。

そのように教誡の蔵となった時、二つの大乗における共道と不共道たる二次第をひとつにまとめた道に習熟するよう努めたのである。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

勝子の請願の恒河の流れは、正法の大海のなかに流れ込むと説かれている。それ故、このあらゆる為した善根すべても牟尼の教えが布されんために廻向した。いまこの次第を思えば善き着想であった。深く恩義に感謝せん、至尊智慧の大蔵よ。

後に昼夜を分かたず行じそのすべてが教法興隆のために廻向した第三節 竟

自らの善を広大に増加させるため、智者にして賢劫なる多くへ入門の次第を正しく説くために、自らの証得を述べたこれを著したのである。このことによって得られる諸善資によりこれらの次第ですべての衆生たちが牟尼の無上なる戒行をよく護り、勝者を喜ばせる道へと入らんことを。

以上、自らの証得を語るこの極めて簡潔なものは、多くを聴聞した比丘東ツォンカの者ロサンタクペーペルがドク大山ゲデン・ナムパルゲルウェーリンにて著した。筆記はカーシパ・リンチェンペル(1350-1435. TBRC P8878)である。これによって教法の宝が一切の方角へと布されんことを。