カテゴリ:ダライ・ラマ法王 Teaching in 広島 2006 公式伝授録

ダライ・ラマ法王 Teaching in 広島 2006 公式伝授録

弘法大師が唐から持ち帰った密教が日本に伝えられた1200年後の
2006年、人類の平和の象徴とも言うべき広島の地で、
日本で初めてダライ・ラマ法王が密教の伝授を授けられました。

2016.10.11
無名な人間の無限の可能性

ここに広島国際平和会議2006の議事録をようやくみなさまに提供できる。 本書はダライ・ラマ法王、デズモンド・ツツ大主教、ベティ・ウィリアムズ氏という三人の世界平和の巨匠たちが広島に残したメッセージの全貌であり、なおかつこ […]

2016.10.11
SESSION IV – 人の未来を考える Think of Our Future

対立や憎しみをどのように乗り越えるのか 村上和雄 今も世の中には対立や憎しみがあります。これを解きほぐすにはどのようなアプローチが有効なのでしょうか。 ダライ・ラマ法王  それぞれの宗教には異なった様々な信仰があります。 […]

2016.10.11
SESSION III – Reconciliation and Peace-Building 和解、そして平和構築

ツツ大主教による基調講演 こんにちは、私はデズモンド・ツツです。みなさまが私のことをご存知であれば嬉しく思います。数年前サンフランシスコを訪れた時、ある女性が興奮して私の所に駆け寄り、「こんにちは、マンデラ大主教」と言っ […]

2016.10.11
SESSION II – Compassion for Children 子どもたちへの思いやり

基調講演:ベティ・ウィリアムズ 講演に先立ちまして、重ねてお礼申し上げます。本日はお集まりいただきましてとても光栄です。また、ダライ・ラマ法王にもひとことお礼を申し上げます。私が設立しました「子どもたちに愛情を与えるため […]

2016.10.11
緒言

本日この場にいることは大変な喜びであり、誠に光栄なことです。広島青年会議所のみなさまがこの集いのために並々ならずご尽力されたことをまず言及させていただきます。 今朝早く広島平和記念公園を散策してまいりました。みなさまのな […]

2016.07.07
SESSION I – UNIVERSAL RESPONSIBILITY 普遍的責任について

基調講演:ダライ・ラマ法王テンジン・ギャツォ まず二人のノーベル平和賞受賞者に崇敬の念を表したいと思います。 ご存知の通り、ツツ大主教は宗教家にして偉大な実践者であるのみでなく、平和と非暴力のためにその人生を捧げてきた方 […]

2016.07.06
ダライ・ラマ法王 Teaching in 広島2006公式伝授録を公開します

本日はダライ・ラマ法王の御歳81歳のお誕生日です。ちょうどいまから10年前の御歳71歳の時、ダライ・ラマ法王は私たちの本拠地である広島の地を訪れ、弘法大師が密教を日本に伝えて1200年の記念すべき年に、日本ではじめて密教 […]

2016.04.29
心は無限に発展する可能性をもっている。

仏教というものは、主に心でするものである。 行動や言動を制御し変革もたらすその主体は心にほかならない。心はさまざまな形をとって現れる。言動と心の活動を比較すれば、心の活動の方がはるかに広範囲にわたっている。もちろん一般的 […]

2016.04.26
自分のことは自分でしなければならない。これが仏教の基本である。

仏教とは、寺院のなかで祈祷することでも、仏像や仏殿のことでもない。 仏教とは、心が如何なるものなのか、悪い心とはどのようなものであるのか、それらをよく理解して、こういう悪い心を、こういう心によって自分で変えていく、そのよ […]

2012.04.01
釈尊の教えを大切にしよう

「仏法」というときの「法」とは、究極的には“すべての苦しみと煩悩を克服した境地”である「涅槃」(ねはん)のことを指しています。ですから「仏法」とは「涅槃を実現するための方法」つまり「道諦」すなわち“空性を理解する智慧”と“涅槃を追求する心”のことです。ですから「仏法」とは何か、と聞かれたらすぐに釈尊の説かれた「四諦」等をイメージできなくてはいけません。

2010.08.13
ブッダの境地というものはいまの我々の延長線上にある

我々はいま今の段階では我執をもっている。この我執にまみれた心が“我”を捉えているのである。しかしそう捉えている通りに成立しているのだろうか。これを繰り返し検証し考える必要がある。そうすることで“無我”とは何のことか分かる […]

2010.01.04
「一切智」の意味は、無辺無数の衆生の心とその能力のその一切を知るという意味です

【質問】 滅諦というのは「常楽」の境地といいますが、それのどこがいいのかよく分かりません。また煩悩と習気が無くなった仏の境地に達するとどんな気持ちになるのでしょうか。 【回答】滅諦のことを「常楽」(究極の幸福)といいます […]

2008.09.19
公式伝授録DVDBOX・解題

ブッダは空性に関する三昧に入りながら、同時に説法をする。そのことばは、たったひとことであっても、すべての衆生が必要としている教えを語り、同時にすべての衆生に異なった言語で個別に語りかけている。その声は、いまだこの世の誰も […]

2006.11.05
心性本浄論

心の本性は光り輝くものであり、煩悩は客塵である またもうひとつ問題があります。無明とは心の自性にまでその影響を与えているものなのかどうかということです。インドの外教徒ミーマンサー学派の論理では、垢は心の本性にあるとしてい […]

2006.11.05
正しく知ることで誤解を取り除く

このように仏教とは、心を非常に深く検証して、我執、真実把握を断じることが最終目的になります。我執、真実把握こそは、すべての煩悩の根であり、「痴」「 無明」とも呼ばれています。「痴」とは対象に暗く疎いことです。 一般に無知 […]

2006.11.05
仏教とは心の科学である

近年、健康を考えたり、身体の健康維持や家庭問題、社会問題、これらが感情の働きと深く関係していると注目されはじめてます。たとえば脳の神経があげられます。脳神経以外にも身体全体の細かい神経組織に至るまで、感情との関わりが注目 […]

2006.11.05
諸法実相

経典では「如来が出現しようがしまいが、諸法の法性は存続している」と説かれています。 このように法性というのは、常に有るものです。ここに諸法は様々に現象して、それはまた認識されていますが、それらの法の本質 実相、それは常に […]

2006.11.05
般若波羅蜜多とは

『般若心経』ではこのように説かれています。 三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。 三世の諸仏は、般若波羅蜜多に依るが故に阿耨多羅三藐三菩提を得る これは我々をも含め、過去、現在、未来において仏となろうとする […]

2006.11.04
EP0309 成仏のプロセスと三宝

それでは無我を直観する智とは、何から起こるのか、何処に起こるのか、どのように起こるのか。 それは我々の意識、今の段階では我であると捉えているこの意識、我執をもったこの意識、我執にまみれたこの心に、我執の捉える通りの我は成 […]

2006.11.04
EP0308 仏教の根本実践「非暴力」

「仏教とは何か」これはそれは思想と実践との二つで説明する事ができます。実践としては非暴力、思想としては縁起思想です。 実践としてのこの非暴力の核心は、“悲”を根本とする教えであるからこそ、非暴力の実践が有るというこの関係 […]