K3 増上意楽の修習


Created: 2010-03-27 Last updated: 2016-09-23 Author:事務局

 このように慈心を悲心を修習した最後に、ああ、私にとって美しくも愛おしくもあるこれらの有情たちは、このように楽に乏しく苦に悶えている、彼らがどのようにすれば幸福に出会い、苦しみから脱っせるのだろうか、と考えて、彼らを解放させるという責務を担うのである。最低でも、言葉で心を修練する必要がある。これは恩に報いる箇所にも若干あったが、ここで示されているのは、幸福になればよい、苦しみから離れればよいという慈悲では不充分なのであり、有情に対して自らがその利楽を実現しようという思いを引きだすことのできる慈悲を起こす必要があるということを示しているからなのである。また これらは座中だけではなく座後等の如何なる行動においても想起し、〔そのような心を〕心相続に絶えず守るように『修習次第中編』では説かれている。