L2 恩を想う


Created: 2010-03-27 Last updated: 2016-09-23 Author:事務局

一切の有情は母であると修習した後、まず最初に今生の母について修習すれば〔恩義が有るという感情は〕すぐに起きるであろう、とポトワがお考えになられる通りに修習しなくてはならない。

目の前に母のはっきりとした姿を思い描く。今生だけではなく、輪廻の無始時以来、この人は何度も数え切れないほど自分の母であったのである。それを何度も思う。そのように、この人はかつて自分の母であった時に、あらゆる危害から守ってくれ、あらゆる利益や幸せをもたらしてくれたのだ。特に今生でも、最初にその胎のなかで長く時間をかけて守ってくれた。生まれてからは、産毛の乱れたものを肌であたため、両手で抱きあげては、乳を飲ませ、食べ物は口に運び、鼻水は口で吸い出し、汚物さえも素手できれいにしてくれたのである。それ以外にも様々な方法で、決して面倒に思い厭うこともなく育ててくれたのだ。腹が減った時には食べ物を与えてくれたし、咽が渇けば飲み物を飲ませてくれたのだ。凍えそうな時には着物を着せてくれ、物不足の時には、自分が享受するわけでもなく財を与えてきたの。それらの物も決して簡単に手にできたわけでもないのであって、時には罪を犯したり、苦しみを味わったり、他人に悪く言われたりしながらも、ただひたすら懸命に探しだしてきた物を与えてくれたのである。子供に熱など苦痛がある時には、子供の死よりも自分の死ぬ方がましだ、子供が病気になるよりも自分が病気になった方がいい、そう心の底から覚悟を決め、それを行動でそれ取り除くため、様々な手段を講じてきてくれたのだ。つまるところ〔母親はその〕自らの知識や能力のある限り、できるだけの利楽を実現させてきたのであり、危害が及んだり、苦痛がもたらされることを回避するための様々な手段のことだけを一心に思ってきたのである。

このように修習することで、恩を想う単に言葉だけではないものが生じたのならば、それ以降は父親などの他の家族や友人に対しても〔過去世においてはそのような恩義のある〕母親であったことを修習し、その後に中間の存在たちも母親であると修習する。それに対しても家族や友人と同じような感情が起こった時には、敵対している者に対しても母親であると修習するのである。彼らに対しても母親に対するのと同じ感情が起こったのならば、一切の有情を母であると先ず認識したうえで、〔彼らの恩義を〕段階的に拡大して考えて修習していくのである。