作成日: 2010-01-11 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

D1 器の三つの過失を断じる

器が下向きになっているならば、たとえそこに神が雨を降らせても〔水が〕中に入ることはない。また、器が上向きに置かれていても清潔でないならば、〔水が中に〕入ったとしても、汚れにまみれているために飲用などの目的は達成されない。さらに、器が清潔さを保たれているとしても底に穴が空いているならば、汚れに汚染されることはないにしても、〔水は〕溜まらずにこぼれてしまう。

これと同様に説法の場に居合わせたとしても良く耳を傾けないことや、耳を傾けたとしても誤った仕方で理解したり、よこしまな動機から〔聴聞する〕ことなどや、これらの過失がないとしても、聴聞するときに聞き取った言葉と意味を〔心の中に〕保っておかずに忘却してしまうことなどから〔聴聞した教えが〕損なわれてしまう。こうした場合には教えを聴聞しても大きな目的が達成されなくなるので、それら〔の過失〕をなくす必要がある。この三つのことへの対抗策が、経典では

正しい仕方で、良く聴聞し、心に止めておきなさい。

という三つのことによって説かれており、『菩薩地』でもまた「全てを知りたいという意欲を持ち、一心不乱に集中し、耳を傾け、気持ちを集中させ、全身全霊で思考を巡らして聴聞するべきである」ということが説かれている。