C2 教えと教えを説く者に対して尊敬の念を起こすこと


作成日: 2010-01-11 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

『地蔵経』で、

一心に信仰し、尊敬の気持ちから教えを聴聞するべきなのであって、それを非難し誹謗するべきではない。教えを説く者を供養するときには、仏陀に等しい者であるという思いをその人に対して起こすべきである。

と説かれている通り、〔説法者を〕仏陀に等しい者と見なし、獅子座(仏陀の座る所)など〔に象徴されるような〕栄誉と財物とによって供養をなし、不敬の気持ちを捨て去る〔べきである〕。また、『菩薩地』には「慢心をなくし、教えと教えを説く者を誹謗することを止めて、その両者に尊敬の念を起こすべきである」ということが説かれており、『ジャータカ』にもまた、

「〔師よりも〕低い座に座り、自制心という輝きを生み出し、喜びに溢れた眼で見つめ、言葉の甘露を飲むがごとく、尊敬の念を起こし、一点に集中し、清らかで無垢な心を持つ者は、あたかも病人が医者の言葉を聞くときのように尊敬の心を起こして教えを聴聞しなさい。」

と説かれているのである。

以上の記述を読むと、弟子は師に絶対服従しなければならないといった誤解が生じるかもしれない。だが、チャンパ・トゥンドゥプ師は、弟子が説法師の適性を見定めもせずに、その人の言葉を無批判に受け入れることの危険性を警告している。師の教えが本当に正しいのかどうか冷静に吟味することも時には必要であるとチャンパ師は言う。