C2 証解の功徳を具足されたこと


作成日: 2009-09-24 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

 概して勝者の聖言の教示はすべて三つの宝蔵へ集約されるのであるが、証解の教示というのものもまた三つの学処へと集約される。

 そのうち戒学処が定・慧などのすべての功徳の所依であるとして、教説やその密意の註釈諸などで何度も推奨されているので、先ず第一に戒学に関する証解の功徳を具足していなければならない。

 それにも三つがあるが、〔第一〕最勝なる別解脱律儀を具足をどのように具足されていたのかといえば、尻尾の毛なみに執着しているヤクは、尻尾の毛が引っ掛かった時に、猟師がその命を奪いかけたとしても、尻尾の毛一本ずつが切れないように、大切に守るだろう。これと同様に比丘の具足戒をうけ拝受した学処の大きなものは言うまでもなく、細かいものまでもそれぞれ命をかけて守ることにで、大持律者となられた、と言われている。

 〔第二に〕菩薩戒をどのように具足されていたのかといえば、慈悲を根底とする菩提心を修習するための多くの教誡、特にスヴァルナドヴィーパに師事し、至尊弥勒から無著いたるものと文殊よりシャーンティデーヴァへと相承していた〔発菩提心に関する〕最勝の教誡を長く修習なさた。それにより自己よりも他者を重視するという菩提心をお心に生み出されていた。この願心によって引き出される行心の菩薩行を広大に修学されたいと〔発心の〕誓願なさり、それに準じた学処を修習された。そのかしこき御修行は、勝子たちによって定められている遮罪に違反されることなくなされたのである。

 〔第三に〕金剛乗の律儀をどのように具足されていたのかといえば、自らを諸尊として観想する生起次第と金剛心を究竟する次第との禅定により、瑜伽行者の主要なものとなられた。特に定められた制約に違反することなく、三昧耶戒を正しくお守りになられたのである。

 これら三律儀の戒学処をお認めになられるにあたり、勢いのみではなく正しくお認めになられ、それに従って定められた違反を越えることなく護られた。万が一若干の違反があった時でもただちに各々の罪障の浄化の儀軌をなさり清浄に保たれたのである。

 定学処に関する証解の功徳ををどのように具足されていたのかといえば、不共の二つがあるが、共としては奢摩他の心可動性を得ており、不共としては生起次第を極めて堅固にお持ちになられ、明戒禁取行を六年ないし三年執り行われた。

 慧学処をお持ちになれた様子については、共としては止観雙運の毘婆舎那の定を獲得され、不共としては究竟次第の殊勝禅定を得ていた。