第8章 普遍と特殊の規定


作成日: 2009-08-17 最終更新日: 2016-09-23 作成:事務局

他学説の否定

 ある人が言う、「無我であれば普遍と特殊のいづれかである」と。兎角、主題。普遍と特殊のいづれかであることになる。無我であるから。遍充承認済。「その通り」ならば、兎角、主題。有となる。普遍と特殊のいづれかであるから。「不遍充」ならば、遍充は有ることになる。普遍と特殊のいづれかであれば、有であるから。「不成立」ならば、普遍と特殊のいづれかであるならば、有であることになる。普遍ならば有であり、特殊ならば有であるからである。各証因により容易。

 ある人が言う、「普遍であれば特殊ではない」と。事物、主題。特殊ではないことになる。普遍であるから。遍充承認済。「不成立」ならば、事物、主題。普遍であることになる。(x)の特殊は有るから。「不成立」ならば、事物、主題。(x)の特殊は有ることになる。壺がそれであるから。壺、主題。(x)は事物の特殊であることになる。(x)は事物であり、(x)は事物と同一本質関係にあり、(x)でなく事物である共通基体が成立しているから。「第一証因不成立」ならば、壺、主題。事物であることになる。無常であるから。「第二証因不成立」ならば、壺、主題。事物と同一本質関係にあることになる。事物と同一本質であることから別異であり、事物が無ければ(x)も必ず無いからである。「第一証因不成立」ならば、壺、主題。事物と同一本質であることになる。壺と同一であるから。「第二証因不成立」ならば、壺、主題。事物と別異であることになる。色であるから。「第三証因不成立」ならば、壺、主題。事物が無ければ(x)も必ず無いことになる。事物が無ければ、滅茶苦茶であるから。先程の箇所で「第三証因が不成立」ならば、壺、主題。(x)でもなく事物である共通基体が多く成立していることになる。栴檀の柱というこれもそれであり、糸杉の柱というこれもそれであるからである。原帰謬で「その通り」ならば、事物、主題。特殊であることになる。認識対象の特殊であるから。「不成立」ならば、事物、主題。認識対象の特殊であることになる。(x)は認識対象であり、(x)は認識対象と同一本質関係であり、(x)でなく認識対象である共通基体が多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、事物、主題。認識対象であることになる。基体成立であるから。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。認識対象と同一本質であることになる。認識対象と同一本質であることで別異であり、認識対象が無ければ(x)も必ず無いから。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。認識対象と同一本質であることになる。認識対象であるから。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。認識対象と別異であることになる。事物であるから。「第三証因不成立」ならば、事物、主題。認識対象が無ければ(x)も必ず無いことになる。認識対象が無ければ滅茶苦茶であるから。先程の箇所で「第三証因不成立」ならば、事物、主題。(x)ではなく認識対象である共通基体は多く成立していることになる。常住というこれもそれであり、有というこれもそれであるから。

 ある人が言う、「事物の普遍ならば、実用性のあるものの普遍である」と。定義対象、主題。実用性のあるものの普遍であることになる。事物の普遍であるから。遍充承認済。「不成立」ならば、定義対象、主題。事物の普遍であることになる。事物は(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、事物、主題。(x)は定義対象の特殊であることになる。(x)は定義対象であり、(x)と事物は同一本質関係であり、(x)ではなく定義対象である共通基体は多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、事物、主題。定義対象であることになる。(x)の定義は有るから。証因は容易。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。定義対象と同一本質関係にあることになる。定義対象と同一本質であることから別異であり、定義対象が無ければ(x)が必ず無いから。「第一証因不成立」ならば、事物、主題。定義対象と同一本質であることになる。定義対象であるから。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。定義対象と別異であることになる。事物であるから。「第三証因不成立」ならば、事物、主題。定義対象が無ければ(x)は必ず無いことになる。定義対象が無ければ必ず滅茶苦茶であるから。先程の箇所で「第三証因不成立」ならば、事物、主題。(x)ではなく定義対象であるものは多く成立していることになる。認識対象というこれもそれであり、有というこれもそれであるから。原帰謬で「その通り」ならば、定義対象、主題。実用性の有るものは(x)の特殊であることになる。(x)は実用性の有るものの普遍であるから。遍充承認済。「その通り」ならば、実用性の有るもの、主題。(x)は定義基体であり、(x)は定義基体と同一本質関係にあり、(x)でなく定義対象である共通基体が多く存在していることになる。(x)は定義基体の特殊であるから。証因承認済。「その通り」ならば、実用性のあるもの、主題。(x)は定義対象であることになる。(x)は定義基体であり、(x)は定義基体と同一本質関係にあり、(x)でなく定義対象である共通基体が多く存在しているから。「その通り」ならば、実用性のあるもの、主題。定義ではないことになる。定義対象であるから。証因承認済。「その通り」と言うことはできない。何故ならば定義であるから。そうなる。事物の定義であるから。

 ある人が言う、「事物の普遍であれば、無常の普遍である」と。無常と別異、主題。無常の普遍であることになる。事物の普遍であるから。遍充承認済。「不成立」ならば、無常と別異、主題。事物の普遍であることになる。事物は(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、事物、主題。(x)は無常と別異の特殊であることにある。(x)は無常とは別異であり、(x)は無常と別異と同一本質関係であり、(x)ではなく無常とは別異である共通基体は多く存在しているから。「第一証因不成立」ならば、事物、主題。無常と別異であることになる。有であり、かつ、無常と同一ではないから。「第二証因不成立」ならば、事物、主題。無常と別異と同一本質関係にあることになる。無常と別異と同一本質であることで別異であり、無常と別異が無ければ(x)は無いから。「第三証因不成立」ならば、事物、主題。(x)ではなく、無常と別異である共通基体は多く成立していることになる。定義がそれであり、定義主体というこれもそれであるから。原帰謬で「その通り」ならば、無常と別異、主題。無常の普遍ではないことになる。無常は(x)の特殊ではないからである。「不成立」ならば、無常、主題。(x)と別異の特殊ではないことになる。無常と別異ではないから。「不成立」ならば、無常、主題。(x)は(x)と別異ではないことになる。(x)は人無我であるから。

 ある人が言う、「普遍の普遍でもあり、特殊の特殊でもある共通基体は無い」と。それは有ることになる。常住がそれであるから。「不成立」ならば、常住、主題。普遍の普遍でもあり、特殊の特殊でもある共通基体であることになる。(x)は普遍の普遍であり、かつ、特殊の特殊でもあるから。「第一証因不成立」ならば、常住、主題。(x)は普遍の普遍であることになる。普遍は(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、普遍、主題。(x)は常住の特殊であることになる。(x)は常住であり、(x)は常住と同一本質関係にあり、(x)ではなく常住である共通基体は多く成立しているから。第一証因は容易。「第二証因不成立」ならば、普遍、主題。常住と同一本質関係にあることになる。常住と同一本質であることで別異であり、常住が無ければ(x)も必ず無いから。「第三証因不成立」ならば、普遍、主題。(x)ではなく常住である共通基体は多く成立していることになる。常住と事物の二つというこれもそれであり、定義と定義対象の二つ、というこれもそれであるから。「先の第二証因不成立」ならば、常住、主題。特殊の特殊であることになる。(x)は特殊であり、(x)は特殊と同一本質関係にあり、(x)ではなく特殊である共通基体は多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、常住、主題。特殊であることになる。認識対象の特殊であるから。「不成立」ならば、常住、主題。認識対象の特殊であることになる。(x)は認識対象であり、(x)は認識対象と同一本質関係にあり、(x)ではなく認識対象である共通基体は多く成立しているから。証因はそれぞれ容易。「第二証因不成立」ならば、常住、主題。特殊と同一本質関係であることになる。特殊と同一本質であることで別異であり、特殊が無ければ(x)も必ず無いからである。「この第三証因は不成立」ならば、常住、主題。(x)ではなく特殊である共通基体は多く成立していることになる。壺もそれであり、柱もそれであるから。

 ある人が言う、「常住の普遍と特殊の両方でない特殊と普遍との共通基体は無い」と。それは有ることになる。常住がそれであるから。「不成立」ならば、常住、主題。(x)は常住の普遍と特殊の両方ではない普遍と特殊との両方の共通基体であることになる。(x)は常住の普遍と特殊の両方でない普遍であり、かつ、(x)は常住の普遍と特殊の両方でない特殊であるから。「第一証因不成立」ならば、常住、主題。(x)は常住の普遍と特殊の両方でない普遍であることになる。常住の普遍と特殊の両方でないものは(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、常住の普遍と特殊の両方ではないもの、主題。(x)は常住の特殊であることになる。(x)は常住であり、(x)は常住と同一本質関係にあり、(x)ではなく常住である共通基体は多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、常住の普遍と特殊の両方でないもの、主題。(x)は常住であることになる。有であり、かつ、事物ではないから。「第二証因不成立」ならば、常住の普遍と特殊の両方でないもの、主題。常住と同一本質関係にあることになる。常住と同一本質であることから別異であり、常住が無ければ(x)も必ず無いからである。「第三証因不成立」ならば、常住の普遍と特殊の両方でないものでもなく、常住である共通基体は多く成立していることになる。常住の普遍と特殊の両方でもあり、常住である共通基体は多く成立しているから。「不成立」ならば、常住の普遍と特殊の両方でもあり、常住でもある共通基体は多く成立していることになる。普遍というこれもそれであり、特殊というこれもそれであるから。先の箇所で「第二証因不成立」ならば、常住、主題。(x)は常住の普遍と特殊の両方ではないものの特殊であることになる。(x)は常住の普遍と特殊の両方でないものであり、(x)は常住の普遍と特殊の両方でないものと同一本質関係にあり、(x)ではなく常住の普遍と特殊の両方でない共通基体は多く成立しているからである。「第一証因不成立」ならば、常住、主題。(x)は(x)の普遍と特殊の両方でないものであることになる。(x)は無我であるから。第二証因は容易である。「第三証因不成立」ならば、常住、主題。(x)でなく常住の普遍と特殊の両方でないものである共通基体は多く成立していることになる。色というこれもそれであり、声というこれもそれであるからである。

 ある人が言う、「事物の普遍と特殊の両方でないものの特殊と普遍の両方の共通基体は有る」と。事物の普遍と特殊の両方でない普遍と特殊の両方の共通基体は無いことになる。事物の普遍と特殊の両方でないものの普遍は無いから。「不成立」ならば、事物の普遍と特殊の両方でない普遍は無いことになる。事物の普遍と特殊の両方ではない特殊ではないからである。「不成立」ならば、事物の普遍と特殊の両方ではないものは特殊ではないことになる。事物の普遍と特殊の両方ではないものは認識対象の特殊ではないからである。「不成立」ならば、事物の普遍と特殊の両方ではないもの、主題。認識対象の特殊ではないことになる。(x)ではなく認識対象である共通基体は多く成立しているから。「不成立」ならば、事物の普遍と特殊の両方ではないものではなく認識対象である共通基体は多く成立していることになる。事物の普遍と特殊の両方であり、認識対象であるものの共通基体は多く成立していないからである。

 ある人が言う、「普遍と特殊とのいづれかでないものの普遍と特殊とのいづれかでないものの特殊は無い」と。それは有ることになる。事物がそれであるから。「不成立」ならば、事物、主題。普遍と特殊とのいづれかでもないものの普遍と特殊とのいづれかでもないものの特殊であることになる。(x)は普遍と特殊とのいづれかでもないものの普遍と特殊とのいづれかでもないものであり、(x)は普遍と特殊とのいづれかでもないものの普遍と特殊とのいづれかでもないものと同一本質関係にあり、(x)ではなく普遍と特殊とのいづれかでもないものの普遍と特殊とのいずれでもないものである共通基体は多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、事物、主題。x)は普遍と特殊とのいづれかでもないものの普遍と特殊とのいずれでもないものであることになる。(x)は普遍と特殊のいづれかでもないものの普遍と特殊のいづれかでもないことになる。無我であるから。第二証因は容易である。「第三証因不成立」ならば、事物、主題。(x)ではなく、普遍と特殊のいづれかでもないものの普遍と特殊のいづれかでもないものである共通基体は多く成立していることになる。人無我というこれもそれであり、有というこれもそれであるから。

 ある人が言う「認識対象の普遍と特殊のいづれかでもないものの普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊の両方の共通基体は無い」と。それは有ることになる。普遍がそれであるから。「不成立」ならば、普遍、主題。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊の両方の共通基体であることになる。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものの普遍であり、かつ、(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものの特殊であるから。「第一証因不成立」ならば、普遍、主題。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものの普遍であることになる。認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものは、(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないもの、主題。(x)は普遍の特殊であることになる。(x)は普遍であり、(x)は普遍と同一本質関係にあり、(x)ではなく普遍である共通基体は多く成立しているから。前二証因はそれぞれ容易である。「第三証因不成立」ならば、認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものではなく、普遍である共通基体は多く成立していることになる。有というこれもそれであり、量の所縁というこれもそれであるから。「第一証因不成立」ならば、有、主題。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものではなく、普遍である共通基体であることになる。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでもあり、普遍である共通基体であるから。「不成立」ならば、有、主題。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでもあり、普遍である共通基体であることになる。認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものは、(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、認識対象の普遍と特殊のいづれかでないもの、主題。(x)は有の特殊であることになる。(x)は有であり、(x)は有と同一本質関係にあり、(x)ではなく有であるものは多く成立しているから。前二証因はそれぞれそれぞれ容易である。「第三証因不成立」ならば、認識対象の普遍と特殊のいづででもないものであり、有である共通基体は多く成立していることになる。所作というこれはそれであり、事物というこれもそれであるから。先程の第二証因で「不成立」ならば、普遍、主題。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれでもにあものの普遍と特殊のいづれかでないものの特殊であることになる。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものであり、(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものと同一本質関係にあり、(x)ではなく、認識対象の普遍と特殊のいづれかでないものの普遍と特殊のいづれかでないものである共通基体は多く成立しているから。「第一証因不成立」ならば、普遍、主題。認識対象の普遍と特殊のいづれかの特殊であることになる。(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかであり、(x)は認識対象の普遍と特殊のいづれかと同一本質関係にあり、(x)ではなく認識対象の普遍と特殊のいづれかであるものは多く成立しているから、「第一証因不成立」ならば、普遍、主題。認識対象の普遍と特殊のいづれかであることになる。認識対象の特殊であるから。先程の第二証因が「不成立」ならば、普遍、主題。(x)ではなく認識対象の普遍と特殊のいづれかであるものの共通基体は多く成立していることになる。柱と壺の二つというこれもそれであり、常住と事物の二つというこれもそれであるから。

 ある人が言う、「常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかであるもの、それは壺の普遍である」と。常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかであるもの、主題。(x)は壺の普遍であることになる。壺は(x)の特殊であるから。「不成立」ならば、壺、主題。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかの特殊であることになる。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかであり、(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかと同一本質関係にあり、(x)ではなく常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかであるものは多く成立しているから。第一証因不成立」ならば、壺、主題。(x)は常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと、壺の普遍と柱の普遍のいづれかであることになる。(x)が常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないもの、これがそれであるから。「不成立」ならば、壺、主題。(x)が常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないもの、これがそれであることになる。(x)は常住の普遍ではなく、かつ、事物の普遍ではないから。証因はそれぞれ容易である。

 ある人が言う、「常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと、壺の普遍と柱の普遍とのいづれかではないものと定義の普遍と定義対象の普遍とのいづれかであるもの、それは定義の普遍である」と。常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと、壺の普遍と柱の普遍とのいづれかではないものと定義の普遍と定義対象の普遍とのいづれかであるもの、主題。(x)は定義の普遍ではないことになる。定義は(x)の特殊ではないから。「不成立」ならば、定義、主題。(x)は常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと、壺の普遍と柱の普遍とのいづれかでないものと、定義の普遍と定義対象の普遍のいづれの特殊でないことになる。(x)といこれはいづれもないから。「不成立」ならば、定義、主題。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍のいづれかでないものと定義の普遍と定義対象の普遍のいづれかでないものとなる。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍とのいづれかではないもの、というこれはでないものであり、かつ、定義の普遍でもなく、定義対象の普遍でもないからである。「第一証因不成立」ならば、定義、主題。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍とのいづれかでないもの、それはでないものであることになる。(x)は常住の普遍と事物の普遍のいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍とのいづれかであるから。「不成立」ならば、定義、主題。(x)は定義の普遍と事物の普遍とのいづれかでないものと壺の普遍と柱の普遍とのいづれかであることになる。(x)は常住の普遍と事物の普遍とのいづれかでないもの、がそれであるから。「不成立」ならば、定義、主題。(x)は常住の普遍と事物の不燃のいづれでもにあもの、それであることになる。(x)は常住の普遍であり、かつ、事物の普遍でもないから。証因はそれぞれ容易である。先程の第二証因が「不成立」ならば、定義、主題。定義対象の普遍ではないことになる。定義対象は(x)の特殊ではないから。

自説の設定

 普遍の定義は有る。それ自身の個物に随行している法、がそれであるから。普遍を分類すれば三つ有る。集合普遍・類普遍・対象普遍の三つが有るからである。集合普遍の定義は有る。それ自身の部分たるものが多く集まった粗大な色、がそれであるから。定義基体は有る。壺はそれであるから。壺の対象普遍の定義は有る。壺を捉える分別に壺と本質が同一ではないにも関わらず同一であるかの如くに顕現している増益された部分、がそれであるから。一切の無我の対象普遍について論理は同じである。類普遍の定義は有る。それ自身の類を有する多くのものに随行する法、がそれであるから。類普遍と普遍とは同義である。定義基体は有る。認識対象はそれであるから。類普遍と集合普遍との二つについての四句分別が有る。類普遍であるが集合普遍ではないもの・集合普遍であるが類普遍であるないもの・類普遍と種類普遍との両方であるもの・類普遍と集合普遍との両方でないものという四つが有るからである。類普遍であるが集合普遍ではないものは有る。常住、これがそれであるから。集合普遍であるが類普遍でないものは有る。柱と壺の二つ、これがそれであるから。類普遍と集合普遍との両方であるものは有る。色、これがそれであるから。類普遍と集合普遍とのどちらでもないものは有る。壺の孤立、これがそれであるから。

論難の排除

 ある人が言う、「事物、主題。分別の顕現客体であることになる。対象普遍であるから。『不成立』ならば、事物、主題。対象普遍であることになる。対象普遍と特殊のいづれかであるから。」と。遍充しない。「不成立」ならば、事物、主題。対象普遍と特殊のいづれかであることになる。対象が有るから。「不成立」ならば、事物、主題。対象は有ることになる。人無我であるから。